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やっぱり教師は地雷業――最悪の戦場に奇蹟はなく、教職は賤業化する

 それにしてもつくづく思うが、やっぱり学校の先生というのは危険きわまる職業である。

 私に子どもはいないが――もしいたら、進路はどこでも好きに自由に選べと思う(そうありたいと思う)タイプだが、

 それでも「教師になりたい」と言い出したら止めるに違いないと思う。


 もはや現代日本において、教師を育成しようとか、青年よ教師を目指せなどと呼びかけるのは、

 まさしく「教え子を戦場に送る」行為ではないだろうか?


 しかもその戦場とは勝利の栄光など何もない、地雷まみれの場所なのだ。

 『最悪の戦場に奇蹟はなかった』という本があるが(これは私の中では“世界タイトル大賞”を取れそうな題名だ)、

 日本の教育現場は――もしかしたら対人サービス業界全体が――、その表現がかなり当てはまる場所に近づいている。

20150711『最悪の戦場に奇蹟はなかった―ガダルカナル・インパール戦記』(高橋伝 光文社NF文庫)
『最悪の戦場に奇蹟はなかった―ガダルカナル・インパール戦記』
(高橋伝 光文社NF文庫)


 (資料編)の矢巾町の担任教師(女性である)は、ともかくイジメ対策を行なっていた。

 当の生徒からも「優しくて、いい先生だった。生徒から慕われ、相談にもよく乗ってくれた」とも言われている。

 メディア人(古代オリエントのメディア人ではなく、現代メディアの中の人。テレビキャスターとかコメンテーター)にも、彼女を擁護する声がないわけではない。

 しかしそれでもイジメを止めさせることはできなかったし、世間からボロクソ叩かれるのには変わりない。


 私は、彼女をボロクソ叩く人/問題視する人が、じゃあ自分がその立場だったらイジメを防止できたかは、非常に怪しい話だと思う。

(これはあなたも、同じ感想を持つはずだ。)


 結局クソガキというのは注意されようが叱られようが、それでイジメを止めることなどほとんどない。

 ついでに言えば、周りの生徒も止めに入ることはほとんどない。関わりになるのが嫌で怖いからである。

(だから「単に同じ場所にいる仲間」なんか信用するな、と私は言うのだ。)


 はっきり言えばほとんどの人間は、もし自分が教師であっても、このクソガキらを叱ることさえ「怖い」と感じるのではないか。
 
 それはかなりの勇気を要するものなのであり、大部分の人間はそんな勇気を持ち合わせていないのではないか。

 しかし、たまたまそんな事態に遭遇した人がいれば、義憤に駆られて叩きまくる。


 その程度の「勇気」あるいは正義感は持ち合わせているのである。

 こうすべきだった・ああすべきだったなどと、事後に局外から論評する程度の「知性」は持ち合わせているのである。


*******************************


 働く者は、誰がどこで地雷を踏むかわからない。

 悪質クレーマーにいつ遭遇し、思いも寄らぬ因縁を付けられ、土下座しろ賠償しろと言われるかわからない。

 それはみんなわかっているのだが、しかしそれでも、たまたま地雷を踏んだ人間を叩かずにいられないようである。

 戦場をともに行軍していながら、撃たれた者・地雷を踏んだ者に対し――

 「何やってんだ」「責任を取れ」と、他の兵士が義憤に駆られて怒りを向ける――

 それが自分でさえなければ。たまたま自分でなかったら。

 これは確かに、「最悪の戦場」と言うべきだろう。


 たとえ庇う声はあったとしても、その人らが身を挺して直接に守ってくれるわけではない。

 やっぱり「最悪の戦場に奇蹟はない」のだ。


 そして学校の教師とは、特に地雷の密集した地域を進まねばならない兵士と言える。

 それは、対人サービス業及び「人と接する職業」の極北とも言える職業である。

 赤の他人の子どもを一度に数十人あずかり、それが何十年も続く――

 こんなのでいつか何か起こらないわけがない。もし起こらなければ、際立って幸運としか言いようがない。

 これほどリスクが高く、ある意味「おぞましい」職業もないのではないか?


 人間社会の通例として、だいたいこういう職業は「なりたくない」ものとされ、賤業視されるのが自然な流れである。

 イジメ事件が報道されればされるほど、つまり単に年月が経てば経つほど――

(どうせ学校制度がある限り、イジメはなくならないのだから)

 こうした流れは強まっていくだろう。

 そして学校教師というのは、いつ地雷を踏むかわからない、危険で賤しい職業という社会通念ができあがる。(かつての「3K」職業のように)

 たとえばお見合いの話において、「学校の先生というのは、ちょっと……」と難色を示されるような職業になる。


 昔は「でもしか先生」という呼び方があった。

 終戦後、教師が足りないゆえ容易に教師になれた時代、

 「先生にでもなろうか」「先生ぐらいにしかなれないし~」とかの動機で教職に就いた先生たちのことである。


 その言葉と実態は、二十一世紀の今、復活する可能性が非常に高い。

 こんな高リスクで「叩かれるのがわかってる」職業に進んで就きたいような者は、

 それしかなれないような者、または変わった人間に違いない――(だからますます叩いて当然)

 我々の社会はそういう見方をするようになるだろうし、すでにそうなっているとも言える。

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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