ただしこのことは、皇室自体にとっても両刃の剣になりかねない。
「次の天皇には、現皇太子殿下より秋篠宮殿下の方がふさわしいのではないか」 という意見があるのを、あなたも知っているだろう。
(こういう意見が普通に語られ聞かれること自体、不敬だと思うが。)

文藝春秋2009年2月特別号
週刊朝日2006年11月17日号 この意見の根底にあるのが、あえて下世話に言うならば、
「だって本人の見てくれがいいし、嫁も娘も美人なんだもん」 というものであるのを、誰か疑う人がいるだろうか?
もちろん、皇室が本当にこんな選択をすることはないだろう。
次の天皇は現皇太子殿下であり、秋篠宮殿下になることはないはずである。

皇太子・徳仁(なるひと)親王
秋篠宮文仁親王**************************
次の天皇、つまり現皇太子殿下は、即位すれば初の戦後生まれの天皇となる。
またそれは、
皇室が世間の意識において「芸能人枠」に入ってから初の天皇でもある。
そして冒頭に挙げた「天皇には秋篠宮殿下の方がふさわしい」との意見から簡単に推察できるように、
新天皇はかなりのコンプレックスを抱えた君主となることが予想される。 CIA(米中央情報局)あたりは各国政治家・君主の心理分析もやっているそうだから、たぶんこういうことも分析しているのだろう。
(もっとも、これはCIAを買いかぶりすぎかもしれない。「そんなにヒマじゃねーよ」と言われるかもしれない。)
いや、別に情報機関でなくとも、およそ人並みの心を持つ人間であれば――
今でさえ皇太子殿下と秋篠宮殿下の関係がけっこう緊張を孕んだものであろう、 ということは、やはり簡単に推察できるはずである。
明治以後の国民は、皇室はもちろん一枚岩のものだと思ってきた。
戦後になっても、皇室ファミリー・皇族方は(もちろん天皇を不動の中心として)和気藹々としたなごやかな関係にあると「思いたがっていた」。
だが、他国の王家や庶民の家族・親族らと同様、そんなことがあるわけがないし、あってもいつまでも続くものではないのである。
南北朝時代は言うまでもなく、大和朝廷の昔から江戸期に至るまで、皇室に内部抗争・内部対立は当然あった。
壬申の乱、上皇と天皇(父と息子であることが多かった)の争い、大覚寺統と持明院統の両統迭立(りょうとうてつりつ)――
まさに天皇家の内部抗争は、日本史を貫く軸である。 もしかしたら日本の皇室は、21世紀になって再び明治以前の状況に戻るのかもしれない。
武力衝突はあり得ないにしても、
皇統が二手に分かれて対立する「南北朝時代」が、この21世紀に甦る―― もちろんそれは、政治権力を巡る争いではない。
「歴史は繰り返す」と言うが、全く同じ形で繰り返すのではない。
この美人資本主義の時代、争いの種となるのは「美」であり、それのもたらす人気だろう。
誰が国民の信望を集め、誰が皇位にふさわしいとの評判を得るか――これを平たく言えば、「どっちがウケを取れるか」である。
その要因として「美しさ」が最重要のファクターとなるのは、ほとんど疑いないことに思える。**************************
なお、美人資本主義時代の到来は、日本におけるもう一つの勢力(思想勢力)にも大きな影響を与えることとなった。
その思想勢力は、しばしば天皇制と敵対する立ち位置にあった。(要するに左翼思想の一派である。)
その思想勢力は、美人資本主義により大打撃を受け、大幅な退潮を余儀なくされた。(と、私には見える。)
これすなわち、
フェミニズム(女権主義)のことである。
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