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ダスティ・ローデスの死去と『キン肉マン』、及び「記憶に残る」ということ

20150613ダスティ・ローデス(1945-2015)
ダスティ・ローデス(1945-2015)


 ダスティ・ローデスが亡くなった。

 本ブログ記事「バーン・ガニアと阿修羅原の死去」(2015.4.29)でも同じことを書いたのだが、私は彼の試合をリアルタイムで見たことは一度もない。(YouTubeなどでも)

 普通はこういう場合、訃報に接したからといって特に感慨はないものだろう。

 だが、私にはある。

 彼が動いている映像を見たことはなくても、名前は知っているからである。

 なぜ知っているかというと、彼を元ネタにしたキャラクターが漫画『キン肉マン』に出ていたからだ。

 そのキャラの名を、「ビューティ・ローデス」という。

20150613ビューティ・ローデス01
ビューティ・ローデス
(顔の皮を剥がされる前)


20150613ビューティ・ローデス02
この顔には、多くの人が覚えがあるはず…
(顔の皮を剥がされた後)


 いま30代半ば以上・60代くらいまでのプロレスファンなら――

 いやプロレスファンでなくとも、『キン肉マン』のことは誰でも知っている。

 テリーマン、ロビンマスク、ウォーズマン、ネプチューンマン、バッファローマン、アシュラマン(そしてベンキマン)。

 これらの名前を聞いたこともないという人は、まともな人間ではないと私は思う。 



 特に1980年代に子ども時代を過ごした男子にとって、その世代の男性にとって、キン肉マンや北斗の拳といった漫画は巨大な影響を及ぼしていると言えるだろう。

 (本ブログの読者の中には「キン消し」を集めていた人も多いと思う。私も少しは集めていた。)

 その影響は今も続き、ジャンプ連載時には生まれていなかった世代にも確実に受け継がれている。

 特に『北斗の拳』の「モヒカン頭・肩パッドのヒャッハー族」にちなんだ書き込みは、今もネットの至る所に見ることができる。

 (「汚物は消毒だ~!」とか)

*********************************

 ビューティ・ローデスの登場する「アメリカ遠征編」は、キン肉マンの連載の中でも初期に属する。

 そしてこのシリーズは、当時の読者たる子どもたちから評判が悪かったらしい。

 アメリカ超人界がいくつかの団体(テリトリー)に分かれ、それが抗争しているという設定がわかりにくい/興味が持てないからだったようだ。

20150613アメリカ超人界勢力分布図01

20150613アメリカ超人界勢力分布図02

 確かに当時の私も、それが現実のアメリカプロレス界を模した設定だとは知らなかった。

 子ども時代の私は、プロレス自体にはまるで興味がなかったのである。

 そして確かにアメリカ遠征編は、コミックスを買いはしても滅多に読まないシリーズだったと記憶している。

(「七人の悪魔超人編」や「悪魔六騎士編」、「夢の超人タッグ編」「キン肉星王位争奪編」の方をずっとよく読んでいた。)


 だが今にして思えばそれは、当時のアメリカプロレス界――WWE(当時はWWF)の全米制覇直前期――の状況を、凍結保存しているようなものである。

 その状況が、今も名作漫画の形になって読み継がれている。


 現代日本のプロレスファンでも、アメリカのテリトリー制時代のことに興味を持っている人は少ないだろう。

 そしてまた、ダスティ・ローデスやリッキー・スティムボートらのことに興味を持つ人も少数派だろう。 

 正直言って私も、彼らに強い興味を持っているわけではない。

 だが、それでも名前を知っている。それは漫画に描かれていたからである。

(「ダスティ・ローデス」という名が、日本人にとって憶えやすく聞こえるのも一助になっているとは思う。)

 
 ローデス自身は、自分の名が(日本において)そのような形で記憶され受け継がれていくとは思ってもいなかったことだろう。

 しかし将来の世代にとって、ローデスの名を知る機会があるのは、たぶん『キン肉マン』を読むことによってのみである。

 仮にプロレスがこの世から消え去る日が来たとしても、それでもローデスの名は残る――漫画に描かれ、それが読まれることにより。


 『キン肉マン』という漫画は、もちろん実際のプロレスから生まれた。

(少なくとも、初期のギャグ漫画路線からプロレス路線に変わることはなかった。)

 しかし往年の外国人プロレスラーを記憶の中に生かすのは、そのプロレスから生まれた『キン肉マン』である。


 果たして現代のレスラーたちは、何十年も後にも名前が残っているだろうか。

 たとえ人気レスラーであったとしても、プロレス界の中のみで生きて知られているとしたら、それは難しいのではないか。

 やはり彼らは、漫画やゲームやアニメといったメディアミックスの世界に入り込まなければならないと思う。

 それは自分の存在を死後も残す、唯一と言っていい手段である。


 そして自分の記憶を後世に残すことを願う気持ちは、レスラーのみならず誰にでもあるはずなのだ。


 ローデスの死と過去の子ども時代を合わせ、そんなことを考えたので書いてみた。

 そして当たり前のことだが我々は、かつての名レスラーの死をこれからもずっと聞き続ける――

 そんなこともやはり思う。 

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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