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なぜイジメ自殺は…その18 イジメを防ぐ魔法の言葉と現代呪術――付・新日本「1・4事変」

 たいていの人には、ナイフで相手を刺すどころかナイフを見せる度胸さえない。


 上司に向かって「アンタ、ナメたこと言ってんじゃねーっすよ」と言うとか、

 単にゴミ箱を蹴るとか、

 その程度のことでもものすごくハードルが高いと言える。


 人は人に「反抗的」と思われるかもしれない、というだけで恐れを感じるのである。


 では、反抗的な態度を取らず、相手の反感をそんなに刺激せず、しかもナイフをちらりと見せる方法はあるのか。

 私の提案はこうだ――


 飲みの席、雑談の場で、


 「オレ、嫌いな奴って頭の中で拷問してんすよwww」と冗談で言うこと。


 これだけである。


 あのな、ここまで引っ張ってきておいてそんな話か。バカにすんな。

 そう言いたいのはわかるのだが、私は真剣に言っている。

 人は人に悪く思われるのを恐れる。恨みを持たれるのを恐れる。

 空想上で拷問されて何だというのか、何の害もないじゃないか――

 そんなのはわかりきっているにしても、やはり自分が誰かの頭の中でそういう目に遭わされる、そんなにまで誰かに思われるという「空想」は、人の心に恐れを感じさせるのである。

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 最近からでないプロレスファンなら、「新日本1・4事変」のことはもちろん知っている。

 1999年1月4日、新日本・東京ドーム大会。

 「破壊王」橋本真也(故人)と小川直也が戦い、小川の「プロレスの限度を超えた」攻撃により無効試合となった一戦である。
 
 その試合の後、橋本が「小川の爪を一枚一枚剥いでやりたい」と思っていたことも有名だろう。

 我々も橋本に倣い、「嫌いな奴って、爪の一枚一枚剥がしてやりたいと思いますわ!」と普段から陽気に言っておけばよい。

 たとえ冗談でもヘラヘラ笑いながらでも、それは他人に適度な恐れをもたらすのだ。

20150610『Gスピリッツ』vol05表紙(小川直也vs橋本真也 19990104新日本・東京ドーム)
『Gスピリッツ』vol05表紙(小川直也vs橋本真也 1999.1.4 新日本・東京ドーム)


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 気づいた人もいると思うが、これは呪術の応用である。

 アフリカやカリブ海域などには(世界全域と言ってもいいが)、相手を呪い殺す妖術というのが実在する。

 しかも、本当に効果があることがあるらしい。

 それは、呪いのターゲットになった人が「自分は呪いをかけられた」と知ってノイローゼになり、本当に衰弱・狂乱することによりもたらされるようだ。

 私はこの中には、「自分は死の呪いをかけられるほど誰かに恨まれている」というショックが混じっていると思う。


 あなたも「死の呪術」自体に人を殺す超常パワーがあるなどと信じてはいないだろうが、これは信じられるのではないか?

 
 人は、空想の中だけでも拷問にかけられたくはない。生爪を一枚一枚剥がされたくない。

 自分がそんな対象にされるかもしれない――そういう懸念だけで、その人間に対するイジメを控えるようになる。


 これは果たして、空虚な空想論に過ぎないだろうか? 私はそうは思わない。

 冗談や軽口に紛らわせてナイフを見せる、これが個人のできる最上のイジメ対策である、と私は思っている。



 まあ、これでさえ刺激的すぎる/自分にはできそうもないというなら、ちょっと目先を変えた策もある。

 それは職場においてだが、変な客・ろくでもない客が来て去った後、

 「何すかアイツ、おかしいでしょ」「あー、糞、舐めてんじゃねーぞコラ」と上司・同僚の前で、独り言のようにでも罵っておくことである。

 これは(あなたがそうしたければだが)、上司・同僚との連帯感を高める効果も望めるだろう。


 こういう客はいつでもどこにでも現れるものであるため、機会はいくらでもあるはずである。

 (自分は/自分たちは「お客様」に対してそんな風に思ったり感じたりしたことはない、とウソをつくのは止めよう。)


 またしても子どもの教育に悪いことを言っているようだが、とにかくどんなに真面目で清楚な性格だったとしても、たまには汚い言葉を使うべきである。

 そういう言葉をナイフとして持っておくべきである。


 私は幸い、今までの人生でイジメられたことはなかった。

 それは、こういう態度を取ってきたことが大きな要因ではなかったかと今にして思う。

(ただし策略としてやってきたのではなく、最初からそういう性格なのだが。) 


 プロレスラーがよく言うことで、「戦ってるのは俺らだけじゃない。社会のみんなも毎日戦ってる」というのがある。

 そのとおりであり、どちらの戦場でもまず第一に大切なのは「舐められないこと」である。


 この世に集団ある限り、「やってこないと見ればナメる」という人間の本能がなくならない限り、イジメは決してなくならない。

 その中でイジメを避けるためには、やっぱり「舐められないための戦い/用意」が必要なのである。



【補遺】

 従来の「イジメられたから社会に復讐したかった」とする人間は、どういうわけか直接イジメてきた人ではなく全然無関係の第三者を通り魔殺人するケースが多かった。(と言うか、そんなのばっかである。)

 これは、イジメ対策界のタブー(言ってはならないこと)――「イジメには、イジメられる方にも原因・責任がある」との意見に、巨大な説得力を与えてきたと言うしかない。

 まさにそんな奴だからイジメられてきたのだろう、イジメられて当然じゃねぇかとみんな納得するのである。


 もし彼らが直接イジメてきた人間を殺したのなら、

 あるいはどうせ第三者を殺るつもりなら、せめて駅前だの繁華街だの小学校だのでなく暴力団の事務所に踏み込んでいたら、

 ヒーローになれた可能性があるのに惜しい話である。

 結局彼らはイジメの被害者ではあるにしても、ヒーローになれる器も性根も持っていなかったということだろう。

 つまりはこれも、度胸の欠落なのである。

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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