Entries

なぜイジメ自殺は…その17 君は英雄になれるか――イジメ復讐殺人と「一殺多生主義」

 考えてみれば、資料編事例(2)の警察官パワハラ自殺事件では、自殺したのは銃を持っている警察官である。

 いよいよイジメに耐えきれなくなったのであれば、銃を持ち出して捜査2課長を射殺することもできたはずである。

 しかし、そうはしなかった。

 警察に限らず自衛隊でもどこの職場のイジメでも、本物のナイフ一本あればいつでも復讐殺人ができる。

 しかし、そんなことはほとんど起こらない。


 ここで本記事のタイトルである「なぜイジメ自殺はよく起こるのに、イジメ復讐殺人は起こらないのか」に戻るのだが、その答えは当然、


 「被害者にそんなことをする勇気がないから/踏ん切りがつかないから」である。


 またこれは、被害者がイジメられる原因でもある。

 結局被害者は、そんなことはできない人間と見切られているのだ。



 おそらくこれは、放火なんてやろうと思えば簡単にできるのにあまりやる人がいない理由と似ているだろう。

 まず被害者は、人を殺すのが怖い。どんなに恨みがある相手でもやはり怖い。 

 そして、そんなことをしたら残された家族に迷惑がかかると思う。

 これから彼らが「殺人者の家族」として生きていく、そしたらどんな辛い思いをするかと考えてしまう。



 だが、私はすごく実務的に言うのだが、こういうリスクは軽減できるものだと思う。

 そいつ(あるいは複数)を殺すと決意したのなら、まず遺書を綿密に書いておくこと。

 別に殺人後に自殺する必要もないのだが、「万一やり損なって(心臓発作なんかで)死んでしまったときのため」、一応書いて保管しておく。

 内容は、今まで自分がされたことをなるべく詳しく(しかし電波系と思われないよう、まともな文章で)記述する。

 もう、絶対に我慢できないと書くのも忘れないように――
 
 殺人後はもちろん逮捕される。しかし家族にも連絡が許されないことはないので、そこで遺書を取り出してもらう。

 あとは、ネットやマスコミに内容を流すのである。
 
 これってけっこう有効に作用すると思うのだが、どうだろうか?

 
 そして相手が複数なら、遺書においてその「悪さ」に格差を付けておくのが望ましい。

 こうすればイジメ側(そしてその保護者ら)の内部分裂を引き起こすことができるだろう。


 自分(自分の子)より悪い奴がいる、自分(自分の子)は悪くない、と互いに言わせ、思わせるのである。

 イジメる側は集団でターゲットを包囲して攻撃するが、べつだん鉄の連携があるわけではない。

 ここでも絆は薄皮の如しであって、簡単に分裂・敵対させることが可能である。

*********************************

 私は、もしこういう復讐殺人がうまくいけば、その人間は現代の英雄になれると思う。

 今までもイジメ復讐殺人はなかったわけではないのだが、現在のメディア環境に充分アジャスト(対応)できるなら、それは社会に大きなメッセージを送ることになるだろう。

(間違っても「逆恨み殺人」と受け止められないことが重要である。だから遺書は大事なのだ。)

 すなわちイジメ復讐殺人は実際にある、しかも殺された方が社会から悪く見なされる、というメッセージである。


 今の裁判基準(というか慣行)からすれば、たとえ無差別殺人でも1~3人程度なら死刑にならないようである。

 しかも復讐を全面に打ち出せば、世論の支持も裁判官の支持も得られそうである。

 裁判の場で今まで起こったことをアピールでき、報道として社会のみんなに知ってもらえる。

 むろん実刑判決を免れることはできないだろうが、刑務所に入っても同房の囚人らからの待遇は悪くあるまい。

(何と言っても、本当に復讐殺人をやってのけたのだ。「舐められる」可能性は少ない。尊敬されるくらいかもしれない。)


 彼が復讐殺人をやったおかげで、それがエポックメイキングとなり、社会のイジメは抑止されるかもしれない。

 たとえすぐ忘れ去られるにしても、何人かは「やっぱイジメはやめよう」と思うかもしれない。

 これはまさしく「一殺多生」(いっさつたしょう)主義というテロ思想である。

 一人を殺して大勢の人を救う。

 一人のイジメっ子を殺して、大勢のイジメっ子を抑止する。

 これが間違っているかいないかは措くとして、事実としてそうなるだろうと私は思う。


 もし誰かがそれをやれば、彼は現代のヒーローそしてメシアになれるかもしれない。最低でも問題提起者にはなれる。

 そして我々はいつか近いうち、そういう人物の出現を聞くことになるのだろう。

*********************************
 
 さて、とはいえ、今イジメられている人間は、そんなヒーローになりたいわけではないだろう。

 彼らが望むのは、イジメられない毎日を送ることである。

 他のイジメられっ子を救うために人生を犠牲にするとか、殺人に踏み切ろうという気もないだろう。


 となるとやはり、自分がイジメられない抑止策を考えねばならない。

(社会、学校、職場の対策には期待しないこと。集団の中にいる限り、イジメは間違いなく発生する。)

 それが「ナイフを持つ」こと、舐められない気構えを持つことであるのはすでに述べた。

 しかしそれはいいとして、どうやったらそれをチラ見せできるだろうか。


 普段から「こいつはナイフを持っている」と人に印象づけるのは、言うは易く行うは難い。

 しかもそれは、「ヤバい危険人物」と敬遠されない程度に留めておかねばならないのだ。



 この記事もずいぶん長くなってしまった。

 次を最終回にして、いよいよ具体的かつ「誰でも、一大決心をしなくてもできる」個人的イジメ対策について述べよう。

このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://tairanaritoshi.blog.fc2.com/tb.php/71-d00ba1e9

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

FC2ランキング

FC2オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

FC2アクセスカウンター

日本ブログ村・人気ブログランキング アクセスランキング

ツイッターウィジェット

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR