先にも述べたが、「塾の先生は学校の先生より教えるのが上手い=教える能力が上」とするのが現代日本の通説である。
しかしこれは、全く当たり前のことだろう。
なぜなら塾の先生は学校の先生と違い、余計なことをやる必要がはるかにずっと少ないからだ。
余計なこととはつまり、イジメ対応や部活の顧問や生活指導といったことである。
こんなのは勉強を教える専門家にとって、余計なムダ以外の何物でもない。 そして塾の先生は(基本的には)こんなことをしなくてよい。
それで学校の先生より教える能力が同等だとか下だとかいうこの方がおかしい。
もしそうだったら、塾の先生というのはよほど無能者の集まりということになろう。
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私も学生時代は、部活をやっていたクチである。
それでもああいうことを、学校単位でやる必然性はカケラもないと思っている。
あんなのはスポーツジムだとか地域のスポーツクラブのように、あるいは文化系の同好会・サークルのように、やりたい人が勝手に集まってやればいいと思う。 (もちろん学校の枠に囚われず、だ)
学校の先生が 「俺は/私は、部活の顧問なんかやるために教師になったわけじゃねーよ。勉強を教えるためになったんだよ」 と言うのは、全く正当なことだと思う。 しかし、世間はそうは見なさない。
生活態度も礼儀作法もスポーツ・文化活動も、全て学校でやるべき教育活動だと思っている。
そういうものも学校教師の 「本業」 のうちだと思い、そうあるべきだと考えている。 要するにこれは、「何でもかんでもやれ。何でもかんでもやるのが正しい」 ということである。
それができなければ使えない奴、失格な奴と見なす。
「いや、それはおかしいでしょう」と少しでも異論を唱える者を、不届きな奴と認定する。 こういう見方は、決して学校教師に限った話ではない。
どこの職場でもこんな雰囲気はあるのであり、あなたもその雰囲気の中にいる。
ことによると、あなたもこの雰囲気を支える一員である。
(つまり、少なくとも他人に対しては、何でもかんでもやって然るべきだと思っている。)*********************************
日本の労働生産性は、他国に比べて低いと言われる。
日本生産性本部「日本の生産性の動向2014年版」
http://www.jpc-net.jp/annual_trend/ を見ると、確かにホントかと思うほど低い。
信じがたいことに、「あの」イタリア・ギリシアより下である。
OECD加盟諸国の労働生産性 (2013)
公益社団法人日本生産性本部 「日本の生産性の動向2014年版」より もっとも労働生産性とは、ごく簡潔に言うと次の式で表される。
労働生産性 = GDP(国内総生産)÷ 就業者数 すなわち、景気が良ければ(国内総生産が増えれば)高くなり、人口が多いならば(必然的に就業者数が多ければ)低くなる。
ルクセンブルクだのノルウェーだのがこの手の統計の上位常連なのは毎度のことである。(この点、アメリカが3位につけているのも信じがたいように思える。)
よって、この数値だけ見て「日本人の働き方は効率が悪い」と断じるのは早計だろう。
だがもし、本当にそうなのだとすれば――
そして効率上のみならず、精神上の労働環境も低劣なのが真実だとすれば、その元凶は間違いなく「一人の人間に何でもかんでもやらせようとする」ことに起因しているだろう。
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