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プロレスの敵、「スポーツ狂信者」のインチキ民間療法論

 新たに「プロレスの敵」に名乗りを上げた作家・ジャーナリスト(それにしてもこの2つ、どちらも「自称」と付けていいような肩書きだ。私も「プロレスライター」を名乗っていいのだろうか)の林信吾 氏の記事、「プロレスの味方は、いたしかねます」の後半がネットにアップされた。

(⇒ Japan In-depth 2018年11月1日記事:プロレスの味方は、いたしかねます(下) スポーツの秋雑感 その4)


 何かもう、(上)に輪をかけて面白い記事である。

 特に白眉なのは、

「健康増進や精神修養に効用があってこそのスポーツや武道であるのだが、

 プロレスをいくら熱心に見ても、心身が鍛えられるわけではまったくない。」

 というくだりである。



 私は「いくらスポーツや武道を熱心に見ても、心身が鍛えられるわけでは全くない」とも思うのだが、林氏はそうは思わないのだろうか。誰でも思うと思うのだが。

 いや、これは「スポーツや武道をやれば、心身が鍛えられる」という一文が抜けているのだと好意的に解釈してみよう。

 しかしそれにしても、まるでプロレスを見る人は「心身を鍛えることを目的にして」「心身を鍛えられることを望んで」プロレスを見ているかのような書き方だが――

 いったいそんなプロレスファンって、本当に一人でもいるのだろうか。

 林氏は、正気でそんなことを念頭に置いているのだろうか。

 これは確かに、ターザン山本もビックリの「プロレスの新しい見方」である。

 こんなことを書いちゃう人が、本当にこの世にいるのである。

 そしてまた林氏のこの文章、逆に言えば――

「スポーツや武道を見れば(たぶん真意は「やれば」)、心身が鍛えられる」

 と言っているようにしか読めない。


 ああ、これだけ日本大学を筆頭としてスポーツ界の不祥事が報道されまくったこの時点に至っても、まだこんなことを言う人がいるのだ。

 スポーツと武道は心身を健全に鍛える、そんな「迷信」をまだ信じ切っているのだ。

 これはもう、素朴と言うより狂信である。


 柔道界にも少林寺拳法界にもどこのスポーツ界にでも、もちろん武道界にも、ロクデナシやバカや陰険な悪党はゴロゴロいる。

 空手をやってる学生は素直だとかアメフトをやってる学生は健全だとか、そんな子どもみたいなことを現代日本の大人が思ってていいのだろうか。  

 今どき、本物の処女でさえそんなことは思っていないはずなのに……


「スポーツや武道を見れば/やれば、心身が鍛えられる。

 プロレスにそんな効用はない。」

 いや別に、そんな効用はなくて結構である。

 そんなインチキ民間療法みたいな効果を、どこのバカが望むというのか。



 そして林氏は、日本プロレスの始祖・力道山について――

「要するに、スポーツマンとして青少年の手本になるどころか、「よい子は真似しちゃいけません」と言いたくなるような生き方をしていたわけだ。

 (中略)

 イジメの常套手段として「プロレス技をかける」ということになるのも同根の問題であろうと、私は思う。」

 とも書いている。

 力道山という人間の持つ粗暴性については、プロレスファンはとっくに承知である。

 特に、若手時代のアントニオ猪木に対する壮絶なシゴキは超有名である。

 そしてまた、力道山時代からかなり後になるまでの日本プロレス界が、ヤクザだの右翼だのと繋がりがあったのもよく知られている。

 しかしそれを言うならスポーツ界と武道界には、

 また芸能界や興行の世界には、

 そういう粗暴な人物や危険な繋がりというものはなかったのだろうか。

 スポーツ界と武道界にはそんなものはなく、清らかで純粋な世界なのだと言わんばかりの第三者的態度は、明らかに幻想的態度である。

 そして私は、「真剣勝負を追求するスポーツ界」すなわち体育会的世界観が、これまでどれだけ日本(とそこに住む個人)に害をなしてきたか、計り知れないものがあると思う。


  
 そしてまた、つくづく思うのだが――

 今回の林氏をはじめ「プロレスの敵」の皆さんは、プロレスは叩いても他の何かは、たとえばボクシング界などはなぜか叩かないのである。

 私はボクシングに何の恨みもないが、ボクシング界というのは、プロレス界をはるかに凌ぐほどヤクザ的な人物や繋がりがはびこっていたはずである。


 そしてまた、もう一つ思うのだが――

 プロレスファンは、たとえ内心でどう思っていようと、

「相撲なんて数秒で決着が付いてしまうからつまらない」とか、

「フィギュアスケートなんて見て、何が面白いのかわからない」とか、

「ゴルフってあれ、面白いのか」

「卓球なんか見たって退屈なだけだろ」

 なんてこと、わざわざメディアのネット記事に書こうとはしないものである。

 しかしなぜかアンチプロレス派の人は、しばしばそんなことを寄稿する。

 フィギュアスケートを腐す文章なんて、たとえ内心は「あんなのブルジョワのお遊び」などと思っていても、決して書く度胸はないのに、である。


(そしてメディアの方も、そういう文章は載せないのだろう。) 


 これは、なぜなのか。

 もちろん答えは「プロレスに対してなら、そんなことも書いていいから/載せていいから」と思っているからに違いない。

 林氏の言い方を借りれば、まさに「こういうのが職場イジメや学校イジメと同根の問題だろう」といったところである。

 これは健全な精神どころか、腐った性根と言うべきだろう。


 最後に――

 林氏は、「サーカスと同列のエンターテインメントだと公言して、見かけだけ派手な技の応酬で観客を楽しませてはどうか。それこそがプロレスの原点なのだから。」と記事を締めている。

 もちろん林氏はプロレスを見ていないはずなので、DDTとかを見たこともないだろう。

 林氏が提言するまでもなく、プロレスはそういうこと「も」やっている。

 ダッチワイフをヨシヒコと名付けてそれと試合したり、

 身長3メートルのパンダのぬいぐるみを登場させたり、
 
 試合の途中でスローモーションになったりと、

 もう遠い昔から「見かけだけ派手な技の応酬で(も)観客を楽しませている」のである。



 これに比べれば、世のスポーツ狂信者のインチキ民間療法論というのは、何十年経ってもゴチゴチに変わらないものだ。

 そしてプロレスが相手ならちょっと軽くバカにしてもいい――

 しかしプロレス以外にはそれができない、周りから叩かれるのが怖いから、

 という卑屈な「イジメ道徳観」は、いつになってもいくつになっても、もちろんスポーツや武道をやろうと、全然変わらないものである。


 そういう人は、せめて「囲碁なんて何が面白いのか、何の意味があるのか私にはわからない」なんてことを商業メディアに書いてから、プロレスのリングに上がってくるべきである。

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙 表紙:『もうすぐ無人島になる瀬戸内の島へ』 ブログ販売欄掲載用

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