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ドン中矢ニールセン死去-永遠の1986年10月9日・前田日明戦

 思いもよらぬ訃報である。

 8月15日、あの元キックボクサー、ドン・中矢・ニールセンがタイのバンコクの病院において死去した。享年57歳。

(まだ、こんなに若かったのだ!)

 それが手術中の死であることは、どうしてもジャンボ鶴田のことを思わせる。

(⇒イーファイト2017年8月18日記事:【訃報】前田日明と戦ったドン・中矢・ニールセンが死去)

(⇒同8月18日記事:前田日明氏、ニールセン死去に「言葉が出ないよ…」)


 ドン・中矢・ニールセン。

 その名は日本人にとって非常にインパクトがあり、ただでさえ憶えやすいものだが――

 何と言ってもその名を不朽にしたのは――彼の名を知らない者は、プロレスファンとはとても呼べない――1986年10月9日の新日本プロレス両国国技館大会、前田日明と行なった「異種格闘技戦」である。

 この試合、YouTubeに載っているので簡単に見ることができる。

https://www.youtube.com/watch?v=vKTHgKIdtjU


 この試合、私が今まで見たプロレス(異種格闘技戦ではあるが)の中で、十本の指には入る名勝負である。

 試合内容もそうだが観客の盛り上がりから試合後の前田のニールセン賞賛、そしてニールセンの日本語挨拶まで、一言で言って「素晴らしい試合」だ。

 はっきり言って他のどんなスポーツより、プロレスは国際親善に最も適し・役立つものだということを、この試合を見て感じないことは難しい。


 もっともやや欠点を言えば、ニールセンのロープブレイクが頻繁すぎて「またかよ」と飽きが来てしまうということだろうか……

 だがそれは、ロープブレイクありのルールでニールセンの手足が長いのだから、仕方ないことだ。

(総合格闘技ファンがロープブレイクなんてルールを嫌い・バカにするのは、確かに故ないことではない。)


 この試合でニールセンは敗北したものの株を暴騰させ、そして言うまでもなく前田日明は“新・格闘王”の座に着いた。

 同じ大会のメインイベントでは“旧・格闘王”アントニオ猪木が元ボクサーのレオン・スピンクスと戦ったが――

 最初猪木は自分もボクシンググローブを着けるなど「真剣味に欠ける」振る舞いをし、試合内容もたいしたことない凡戦であったため、試合には勝っても大いに権威を低下させる結果となった。

(なお、猪木vsスピンクス戦のレフェリーは、あのガッツ石松であった。

 2017年の今から見れば、これだけでこの試合が“お笑い試合”だったという印象を受ける。)



 よってこの1986年10月9日という日は、日本のプロレス史に残る「王位交代」の日として記憶されることとなった。
 
 なおこの半年前の4月29日、前田は三重県津市市体育館でのシングルマッチで、あの伝説の巨人レスラー、アンドレ・ザ・ジャイアントを戦意喪失に追い込んでいる。(アンドレは大の字に寝転がって「イッツ・ノット・マイ・ビジネス」と言ったとされる。)
 
 これもまたプロレスファンなら誰一人知らぬ者のない有名な逸話であって、1986年という年は前田にとって飛躍的に武名を上げた年だったと言える。


 そして翌1987年11月19日、前田は「長州力の顔面を後ろから蹴り上げる」事件を起こし、1988年2月1日に新日本を解雇される。

 それが1988年5月12日のUWF再興(第二次UWF)に繋がる……


 さて、もし1986年10月9日両国国技館「INOKI 闘魂 LIVE」の前田の相手がニールセンでなかったら――

 前田とニールセンの人生、そしてプロレス史はどう変わっていただろう。

 たとえニールセンでなくても、いつか前田は新日本を再び離れUWFを再興しただろう(そしてやはり、分裂させただろう)というのは、けっこう可能性が高いと思う。

 しかし、検証は不可能である。

 一方のニールセンは前田戦で名を上げたため、それから1993年の引退まで日本のリングで活動することになる。

 しかしやはり、前田戦というただ一戦で日本のプロレスファンに名をとどめているというのは事実である。


 ただ確実に言えるのは、あの日あの場所で前田とニールセンが戦っていなければ、プロレス史とプロレスファンは「素晴らしい試合」の一つを記録・記憶せずに終わったということだろう。

 歴史的一戦というものは、奇跡のようなものであるということを強く感じる。


 ドン・中矢・ニールセンの名は、1986年10月9日のあの試合とともに、プロレス史の中で永遠となった。

 その彼は、60歳にもならずに死んだ。

 残念である。

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

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