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中邑真輔、ジョン・シナに勝利-日本人2人目のWWE王座戴冠へ

 8月1日(日本時間では8月2日)、米オハイオ州クリーブランドで行われたWWEスマックダウン大会において――

 中邑真輔がジョン・シナに勝利し、ジンダー・マハルの持つWWE世界ヘビー級王座への挑戦権を獲得した。

(⇒ スポーツ報知2017年8月2日記事:中邑真輔がついにWWE王座に挑戦…シナとの決定戦で勝利)


 私はWWEについてもシナについても詳しくはないが、これはものすごい快挙なのだろう。

 今のシナはスターになりすぎて(40歳なので、引退も近いせいか)スポット参戦的な地位にあるようだが、彼が負けること自体なかなか珍しいことのはずだ。

(とはいえ、今の日本のマット界で藤波辰爾や藤原喜明がフォール負けすることよりは珍しくないに違いない。)


 8月20日のサマースラムというビッグマッチ(米ニューヨーク州・ブルックリン)で中邑とマハルは戦うのだが――

 どうもマハルが相手なら、中邑が勝つ予感がするのは私だけではないだろう。

 シナに勝ったのならマハルにも勝つだろう、と予測するのは、そんなに的外れなことではあるまい。


 そして9月16日にはWWEの日本公演(エディオンアリーナ大阪)があり、中邑はそれに参戦することに以前から決まっている。

 もしかして6月30日・7月1日の東京公演(両国国技館)に中邑の参戦がなかったのは、これを見越してのことだったのかと思わないでもない。

 中邑がWWEに行って2年も経たないうちにWWEの王者として日本に凱旋するなど、相当中邑に期待をかけていた日本のファンにしても、ほとんど望外の大躍進に違いない。

 
 もし中邑が本当にマハルに勝てば――

 それはWWEの前身であるWWFにおいて、一時ではあるがWWFヘビー級王座に就いたことのあるアントニオ猪木以来の日本人王者誕生である。


(猪木は1979年11月30日、徳島市立体育館でボブ・バックランドを破り第9代WWFヘビー級王座を戴冠。

 同年12月6日のリターンマッチでバックランドと対戦しノーコンテスト=初防衛成功に終わるが、試合内容に不満があったとして王座返上している。)


 もっとも、かつて猪木の懐刀の新間寿(しんま ひさし)氏が名目上にせよWWF会長だったことがある(1978年~1984年)ということに比べれば、そのスゴさはいささか劣るかもしれない。

(これって、今から考えても信じられないことに思える。)

 
 かつて中邑は新日本時代、リング上で「猪木ー!」と絶叫した。(2009年9月27日)

 それはアントニオ猪木への明確な挑戦表明だったはずなのだが、プロレス界で良くあることとしてすぐにウヤムヤになってしまった。

 しかし中邑がWWEヘビー級王座を戴冠すれば、結果的に猪木と並ぶ実績を残したことになる。


(もっとも今のWWEの公式史では、猪木のWWFヘビー級王座戴冠は認められていない。

 よって中邑は公式には、「日本人初のWWE・WWFヘビー級王者」ということになる。)

 
 ひょっとしたら中邑真輔こそは、「史上最高の日本人レスラー」として世界のプロレスファンに認められることになるかもしれない……


 なお、中邑については「レスラー短感」で何本か記事を書いているので、参考までに。

(⇒ 2015年7月8日記事:レスラー短感03-1 中邑真輔はなぜ「キング・オブ・ストロングスタイル」なのか?)

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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