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バーン・ガニアと阿修羅原の死去、そして猪木の死と昭和の終わり

20150429バーン・ガニア
バーン・ガニア(1926-2015)


20150429阿修羅・原
阿修羅・原(1947-2015)


 4月27日にバーン・ガニアが、28日には阿修羅原(本名:原 進)が死去した。
 享年は前者が89歳、後者は68歳だった。

 ガニアは長年「AWAの帝王」として君臨し、原は天龍源一郎とのタッグチーム「龍原砲」で一時代を築いた。

 ガニアの引退は1981年、原の引退は1994年。

 AWAは1991年に崩壊し、天龍は今年11月に65歳で引退しようとしている。
 
 私はリアルタイムではもちろんYouTubeなどでも、彼らのファイトを見たことは一度もない。
 よって知識もほとんどなく、正直言って思い入れがあるわけでもない。

 しかし、私以外の誰かは、それも少なくない人数は、彼らの訃報に悲しみや感慨を覚えるのだろう。


 世の中では、他の人間が知りもしない無数の人生が生まれては消えていっている。

 その一つ一つに歴史があるが、人の死とともにその歴史も消えてなくなる。

 どんな形かでも残され記憶されるのは、全人類のうちごくごく一握りの人の生だけである。


 日本において、「その死の報がテレビ番組放送中にテロップで流されるプロレスラー」とは、おそらくアントニオ猪木が最後になるだろう。
(ダンプ松本などにもその可能性はあるが)

 猪木の死は、多くの人に「本当に昭和が終わった日」と呼ばれ感じられると思う。
 
 しかしもちろん、猪木死去の報を聞いても何の感慨も覚えない人や世代は多くいる。

 やがて猪木でさえも「誰それ?」と言われる時代が来る。


 「たとえ忘れられても、確かにその人生は実在した」と見るか、「忘れられたのなら、その人生は実在しなかったも同然」と見るか――

 歴史に名を残したいという願望は、単なる名声欲から生じるのではない。

 それは、自分がいま確かに実在すると証明したい/確かに実在したと未来に訴えたい衝動から生じている。

 そしてこの衝動は、最も無欲で内気な人間の心の中にもあるものだと思う。生存本能の一種だからである。


 ともあれ、お二人のご冥福をお祈りしたい。

 彼らはプロレス史に大きな役割を果たし、足跡を残した。

 たとえ私は直接に知らないにしても、自分の好きなジャンルに属した人間の死は、やっぱり悼む気分になる。

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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