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ハヤブサ死去とスーパーJ-CUP復活

 あまりにも突然である。

 3月3日、ハヤブサ(本名:江崎英治)が、くも膜下出血で死去した。享年47歳。

 東スポweb3月3日記事によると――

 3日夜に予定されていたライブ会場(自宅近くの居酒屋)に姿を見せず、心配した居酒屋店主が翌午前2時ごろ自宅を訪れると、すでにベッド上で亡くなっていたという。死亡時刻は3日正午くらいらしい。

 ハヤブサは、伝説的なレスラーである。その空中技は世界中のレスラーに影響を与えた。

 また、今では全然珍しくないまでに普及した「ファルコンアロー」、

 そして飯伏幸太の技だろうとの印象が強い「フェニックススプラッシュ」の創始者でもある。

 もうこの2つを開発しただけでもプロレス史に名を残すに値するだろう。



 残念ながら私は、ハヤブサがリングで躍動するところをリアルタイムで見たことはない。(当時は全然プロレスを見てなかったのだ。)

 私がリアルタイムで見るハヤブサ、そしてハヤブサに対するイメージとは、「車椅子のシンガーソングライター」であった。


 なお、デイリースポーツ3月4日記事では、グレート・サスケが

実はまだまだトイレも介助が必要な状態だったんです。『終わったら内側からノックしますんで』と。相当無理されてるんだとショックを受けました。人前では悟られないようにしてたんですね」

 と語っている。

 そんな状態にも関わらず、ハヤブサは一人暮らしで一人で死去した。きっと毎日が“激闘”だったろうと思わせる。 

 
 奇しくもハヤブサ死去と同じ3月3日――

 新日本プロレス・木谷高明オーナーは、大田区総合体育館大会(ニュージャパンカップ開幕戦)で『SUPER J-CUP』の復活を宣言した。(8月21日、有明コロシアム大会で開催。2009年以降は開催されていなかった。)

 現時点で参加を表明しているのは、ROH、NOAH、ZERO1、KAIENTAI DOJO、鈴木軍、ドラゴンゲート、CMLL、琉球ドラゴンプロレスリングの8つ。

 SUPER J-CUPの第1回(1994年・両国国技館)は、ハヤブサが獣神サンダー・ライガーと戦い、一躍絶賛を博した記念碑的大会であった。

 もちろんハヤブサ死去とSUPER J-CUP復活宣言が全く同じ日であったのは、単なる偶然である。


 しかし、不死鳥は何度死んでもまた甦るともいう。

 プロレスラー・ハヤブサはこの世を飛び去ったが、ハヤブサとはまた別の鳥がリングを羽ばたくことになる。

 そして我々はファイヤーバードスプラッシュやフェニックススプラッシュを見るたびに、ハヤブサというレスラーがいたことを思い出すだろう。

 ベタな言い方ではあるが、それがレスラーにとっての“不死”である。 

 
 ハヤブサは、SUPER J-CUPの復活を聞くことなく世を去った。

(大田区体育館は夜興行で、ハヤブサの死亡時刻は正午ごろ)

 しかしもし聞いていたら、「お楽しみはこれからだ」と思ってくれただろうか?

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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