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プロレスと「差別」その7 プロレスは格下の「芸」なのか

 むろんこうした見方は、「芸人」「演劇」を「下」であるとする前提抜きでは成り立たない。

 そしてこう言われれば、言われた方は「そうじゃない」と否定するだろう。
 職業差別は許されない悪である、という社会の雰囲気が彼らにも染みついているからである。

 しかし彼らの、いや日本人の内心では、やはり「芸人」と「劇」は「下」なのだ。

 人前で芸をする人を低く見る――これは日本の伝統である。いや全世界的・全歴史的な現象である。
 しかもかつてその「芸」の中には、今でいう「芸能」だけでなく「工芸」「技芸」なども入っていた。
 製造・製作業も商業も、昔はみな「卑しい仕事」と見なされていた。


 現代人がそう考えなくなったのは、「昔の人は遅れてたからそれらの仕事の尊さ・重要さがわからなかった。時代が進んでやっとそれらが理解された」という性質のものではないと思う。
 「それらの仕事が卑しくないのは元々正しかったのだが、今になってようやくその正しさをみんなが知った」ものではないと思う。
 それはただ、世の中がそういう雰囲気になったからに過ぎないと思う。


 「芸人」とは、今でも決して褒め言葉ではない。
 ジャーナリストの田原総一朗は「電波芸者」とも呼ばれる。これは「テレビに露出しウケを取る人」という意味なのだろうし、もちろん悪口として使われている。
 「あれは大道芸だろ」と人が言う時、それが褒めているのではなく腐しているのは間違いない。
 今でも人が嫌いなお笑い芸人を語る時、必ず「たかが芸人のくせに」と言う。
 たとえそのお笑い芸人が自分より何倍も何十倍も稼いでいるとしてもである。

 ただ現代では、全ての「芸人」が低く見られているというわけでもない。
 たとえば歌舞伎役者はまぎれもなく「劇」をする「芸人」だが、人間国宝とされる者もいるほど社会的地位は高い。
 また「噺家(はなしか)・落語家・寄席芸人」はまさに芸人の中の芸人と言えるだろうが、侮蔑されるどころか「師匠」と尊称され、しかも弟子ばかりでなくメディアからさえもそう呼ばれている。だからメディア外の人も、「師匠」と呼ばなきゃ失礼に当たると感じている。

 なぜ同じ芸人なのに、こうした扱いの差が見られるのか。
 それは雰囲気と慣例によるものとしか言いようがないのではないか。
 あるいはまた、「体を使う仕事は低く見られる」という、これまた全世界的・全歴史的な差別感情にもよるのではないか。

 ただし同じ体を使う仕事の中でも、現代の野球選手やサッカー選手は「スポーツ選手」で地位が高い。
 一方でプロレスラーはスポーツ選手でなくパフォーマー・肉体派劇団員と見なされている。(メディアに紹介されるときは、他に適当な呼称がないので「選手」を付けて呼ばれるが)
 もちろんスポーツ選手の方が「まともな職」で「格上」なのだ。

 話が元に戻ってしまうが、その差はやはり「本当に勝敗を競っているかいないか」の違いに起因するだろう。
 それは、プロレスの試合の結末が本当に決まっているのかどうかという「真実」とは関係ない。
 世間が「決まっている」と思っている、その通念と雰囲気が然らしめるものである。

 では、なぜ本当に勝敗を競っていたらその方が「上」なのだろう。なぜ世間は(人心は)それを上と見なすのだろう。
 これは後で書くとして、まず今のプロレスが芸の中でも下に位置づけられている理由を、もう少し考えてみよう。

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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