Entries

なぜ成人式に参加するのか、なぜ人はその開催を求めるのか

 私が二十歳になったのは、もう遠い昔の話である。

 また、成人式には参加しなかった。

 地元でも大学の進学先でももちろん成人式は開催されていたが、進学先の催しに参加したからって知り合いは誰もいない。

 そして、帰省費をかけてまでかつての同級生たちと会いたいとも思わなかった。(別に仲が悪かったわけではない。)

 そもそも私は式典というものが嫌いなのである。

 自治体の催しなど見向きもしない人たちが成人式にだけは喜び勇んで参加するのは、むろんそれが彼らにとってハレの場であるからだろう。

 意地悪く言えば、それが人生の絶頂期である人も多いのだろう。



 私は、日本以外で「自治体が主催する成人式」というものを行なっている国があるとは寡聞にして知らない。

 もちろん世界に点在する部族社会に成人儀礼というのは付きものだが、日本ほどの国でそんなことが「地方政府」主催で行なわれていると聞けば、やっぱり日本は強固な集団主義の国だとの感想を抱くと思う。


 私は、二十歳になったことを祝いたければ、祝いたい人が集まって勝手にやればいいと思う。

 同級生らと昔話に花を咲かせたいなら、勝手に集まってやればいいと思う。

 そんなことさえも何かのきっかけがないとやらない、それも「官」の呼びかけでないと集まらない――

 個人主義の観点から言えば実に無惨な心性を、この国民は(その中でも最も反抗的な若者でさえも)持っているとしか言いようがない。



 いちいち調査したわけではないが、おそらく日本の全ての自治体が成人式を行なっている。

 それを中止するなどと言えば、ものすごい数の抗議が殺到するのは誰にでもわかる。

 しかしなぜ、そんなことを官がやらねばならないのか? なぜ「やるべきだ」と国民は思っているのか?


 成人式の中止・廃止に声を荒げるだろう人は、何も着物の着付け・レンタル業者ばかりではない。

 私にとっては成人式など、行政の労力と手間と費用の無駄遣いでしかないのだが――

 どう考えても「やらなくていい」ことの一つであり、それこそ事業仕分けで真っ先に廃止の対象になるべきものだが――

「止めるなんてとんでもない」と拒絶反応を示すのは、普段から「行政は無駄が多い」と批判している人たちとかなり重なると思う。



 私はつくづく思うのだが、行政が新規事業を始めるときは慎重の上にも慎重になるべきである。

 なぜならいったん始めたことはいつか「当然のこと」となり、「果たすべき責務」に簡単になってしまうからである。

 市民・国民がそう思ってしまうからである。ごく短期間でも守るべき伝統となり、「止めるなんてとんでもない」ことになってしまう――

 それが世界的に見れば、極めて珍奇な習俗だろうともである。



 もし日本の行政が他国に比べて非効率・高コストであるとすれば、それは成人式をはじめとする「官がやらなくていいこと」を大々的にやっているからに相違ない。

 しかもそうすることを求めているのは、非効率高コストを批判する国民自身なのである。



 私はこの件についても一冊の本を書きたいと思っているのだが、残念ながら割ける時間がそれほどない。

(プロレス界だけでもいろんなことが起こり過ぎる。)

 だがひとまず、年始に当たっての目標の一つとすることにする。 

このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://tairanaritoshi.blog.fc2.com/tb.php/239-ecd52f15

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

FC2ランキング

FC2オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

FC2アクセスカウンター

日本ブログ村・人気ブログランキング アクセスランキング

ツイッターウィジェット

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR