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夫婦別姓について その1 「そう思うからそう思う」と別姓の性的効用

 12月16日の最高裁で、「夫婦(強制)同姓は合憲だが、女性の再婚禁止期間規定は違憲」との判決が出た。


 まず私は、夫婦同姓と夫婦別姓を選択式にすることに賛成である。


 これに反対する人は、「夫婦別姓になれば(と言うか、それを選択する人がいれば)、家族の絆が失われてしまう」とか言うのだが――

 よく知られているように、夫婦どちらかの姓に夫婦両方が統一しなければならない国制というのは、世界的に極めて珍しい。

 だったら日本以外の外国では、家族の絆が薄いのだろうか。(むしろ逆だと思うが。)

 外国人がこんな話を聞けば、怒ると言うよりヘソが茶を沸かすのではないか。

 それとも日本人というのは、実に特殊で異常な民族だと思うのではないか。


 しかしもちろん、世界の中で日本人だけがそうした性質(同姓でなければ社会が紊乱する性質)を持っているなど、ほとんどあり得ないことである。


 世の中には「そう思うからそう思う」という事例が星の数ほどあるものだ。

 「夫婦が絶対に同姓でなければならない。そうじゃないと世の中が悪くなる」とは、まさにその典型例ではないかと思う。


 だいいち私は根本的に思うのだが、同姓と別姓を選択式にしてどちらを選ぼうが、それは個人と夫婦の勝手ではないか?

 絆が薄れると思えば同姓にすればいいし、それがアホ臭い迷信と思うなら別姓でよい。

 人の家庭がどういう選択をしようが、それでどうなろうが知ったことではない。そんなのは他人が口出しすることではない。

 私はこういうことでそんなにも他人のことが気になる人が多いというのに、気色の悪さを感じるものである。

  
 また夫婦別姓とすることには、(あまり言及されない、隠れた)メリットがあるのではないかと思う。

 それには、パートナーの新鮮さをいくらかでも保つ効用があるように思える。

 同姓になってしまえば、彼と彼女は同族である。夫婦強制同姓を主張する人は、まさにそれが大事で尊いことだと思っていよう。

 しかし、だからこそその夫婦のセックスは同族セックスとなってしまい、近親姦になぞらえたっておかしくはない。要するに身内とセックスするのである。

 少なくとも私は、自分の女性親族と同じ名前(いわゆる「下の名前」)の女性と、セックスのお相手をしたいものだとは思わない。ハッキリ言ってそれは嫌である。


 それは考えすぎとしても――

 「セックスの相手が同じ人間で変わらない」ことと並び、「身内・同族とセックスしている」という事実は、夫婦間に倦厭(けんえん)感をもたらす一助になっていないだろうか?

 別姓ならば、相手はいつまでも適度な距離の「他人」である。

 相手が昔の姓のままであること、昔の姓で呼び続けることは、それこそ「いつまでも恋人気分」を維持する効果がありそうに思えるのだが……

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平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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