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棚橋vsHARASHIMAの再戦とパワポ和解 その3

 さて最後に、棚橋の「怒りの真意」について考えてみよう。

 「何でも横一列に見てもらっちゃ困る!」と机を叩いて怒ったのは、HARASHIMAやDDTに対してではなく、試合を大興奮に導けなかった自分に対する怒りだったという。

 それは自分の独りよがりであり、いらだちのあまりついそんな言葉を口走ってしまったのだという。

 言ってみれば「酒の席での暴言」だったので許してくれ、申し訳ない、ということなのだが――


 酒の席での酔った上での発言が、はたして「心にも思っていないデタラメで突発的な発言」なのか、「普段から腹の底で思っていることをぶちまけたもの」なのかは、大昔からの人類の大問題の一つである。

 そして私としては、どうも後者の方が正しいのではないかと感じる。


 別に棚橋とHARASHIMAの因縁が再発してほしいとか、「表向きは仲直りしても、腹の中では一物(いちもつ)を抱き合う」関係であってほしい、

 などと陰険女子のようなことを願っているわけではないが――

 それでも棚橋の中には、「新日本とDDTはレベルが違う。もちろん新日本の方が上」との意識があるのは間違いないように思える。


 しかしそれは新日本所属なら持っていて当然、むしろ持っているべき意識なのだろうし、内藤哲也などはインタビュー記事でそんなことを言っている。

(新日本以外でプロレスはしたくない、など。)

 全女(全日本女子プロレス)の選手が「全女がイチバン!」と言っていた/思っていたのも同様である。



 自分・自団体に誇りを持つこと、他人・他団体を見下すことの境界は、非常に薄く脆いもの――あるいは不可分のセットである。

(むろん、愛国心と他国蔑視がその代表例。)


 しかしながらプロレスは、しばしば不愉快や悲劇的な対立・衝突をもたらすそうしたセットを、

 両者の認め合いに変換することに最も成功しているジャンルだろうと私は思っている。




 それにしても、2015年のプロレス界の3大因縁――

 「世Ⅳ虎-安川悪斗」、「棚橋-HARASHIMA」、「藤田-諏訪魔」は、三者三様の終わり方をしたものである。

 (「藤田-諏訪魔」は、まだ終わっていないかもしれないが)

 
 そして様々な意見はあろうが、「棚橋-HARASHIMA」の終わり方が(今のプロレス界の主流の)ファンを最も満足させたことは間違いない。

 (他の二つは、悲劇と不満足で終わった。)


 やっぱり世の中、「ハッピーエンドがイチバン!」なのかもしれない。 

 それが主流の世の中は、正しい世の中なのかもしれない。

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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