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元号と単位、選手コール時の「パウンド」 その1

 元号を使わず西暦を使え、役所をはじめ公共機関は特にそうしろ―

 とは、ネットでちょくちょく見かける主張である。

 私はこの意見、一理も二理もあると思う。


 言うまでもなく現代の元号は、過去のどの時代より天皇の存在と密接に結びついている。

 かつては一人の天皇の在位期間中に何度も年号が変えられていたが、今は前天皇の死去翌日から現天皇の死亡日まで、一つの元号で通すことになっている。(一世一元の制である。)

 よって、天皇の存在に反対する人・反感を持つ人は、元号にも反対するのが当然である。

 逆に元号の使用を支持する人は、天皇の存在を支持する立場にあることもまた当然。


 だが中には、必ずしも天皇の存在に反対しないが(そうは言わないが)やはり元号なんか使うな、という人もいる。


 それはもちろん、実務上・実生活上の不都合があるからである。

 今の日本では――商業環境及びメディアにおいて、西暦の方が元号よりはるかにポピュラーと言える。

 2015年が平成27年だということを、すぐにはわからない人も多いと思う。

 しかし公共機関に書類を提出するとき/受け取るとき、まず間違いなく日付欄は元号なのだ。

 西暦だったらパッと当然思い付くしわかるのに、元号だったら何年かわからなくなる。

 なのに、なんで西暦じゃいかんのか?



 そして元号の最大の弱点かつ不便さは、何年から何年までが何年あるのかわからないことに尽きるだろう。

 たとえ元号支持派でも、明治30年から平成27年までが何年間なのか、すぐわかる人は少ないに違いない。



 おそらく元号支持派は天皇支持派であるだけでなく「歴史好き」の場合が多いはずだが、その彼らにしても日本史上の出来事を元号で憶えているわけではない。

 歴史好きでなくとも「遣唐使の廃止」が894年(白紙に戻そう遣唐使)だったのは楽勝で即答できるだろうが、しかしそれが元号で何年だったのか、即答できる人はまずいない。

(ちなみに寛平(かんぴょう)6年である。もちろん私もネットで見てこれを書いた。)



 戦国と幕末は日本史で最も人気のある2大時代だが――

 そしてそれらについて書かれたおびただしい本の中には、しばしば元号で事件年が記述されているのだが――

 そういう本を何冊も読んできた人でさえ、「元亀」年号や「慶応」年号が西暦何年から何年までだったか即答できる人は少ないと思う。

(「元亀」は1570年から1573年まで。「慶応」は1865年から1868年まで。1868年中に「明治」に改元された。)

 結局、今の日本人のほぼ全員は、西暦で日本史を学び・憶えているのである。


 ※そしてこれは、江戸期以前の日本の貴族らの知性が決して低くないことを示していると思う。

  なにせ彼らは、元号だけで歴史を憶え、論じてもいたのだ。


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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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