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潮崎豪の全日本退団 ~流浪の貴公子レスラー~ その1

 本当にもう、プロレス界には次から次へとブレイキング・ニュースが入ってくるものである。

 潮崎豪が、全日本を電撃退団した。

 社長の秋山準と握手しているので一応円満退団のようだが、何とも突然の出来事だ。


 ここで正直に言おう。

 潮崎豪・秋山準・金丸義信・鈴木鼓太郎・青木篤志の5人(私は彼らを「元ノア五人衆」と勝手に呼んでいる)がNOAHを退団したとき頭に浮かんだのは、 


「裏切り」という言葉であった。

 まるで転職者を咎めるような感性が自分にあったことが我ながら意外だったが、浮かんだのだから仕方ない。



 疑いもなく潮崎は、三沢光晴の正統後継者と衆目の一致する男だった。

 2009年6月13日、三沢の死去した試合のカードは「三沢&潮崎 vs 斎藤彰俊&バイソン・スミス」(GHCタッグ選手権試合。斎藤組が王座防衛)。

 私はこの試合を見てはいないが、その日までの三沢・潮崎組は、「潮崎を育てようとした三沢は、あえて潮崎を前面に出し自分はあまり出ていかなかった」ようだと伝え聞いている。

 そして、翌14日のGHCヘビー級選手権で力皇を破り王者となったのは潮崎その人。


 その甘いマスクと相まって(あるいはそれゆえに?)、潮崎こそはNOAHのエースと目されていた。

 三沢亡き後のNOAHは、小橋・秋山のベテランは除くとして「ヘビーは潮崎、ジュニアは丸藤」の二枚看板でやっていく。

 そしてベテラン勢の引退後は、順当に潮崎が絶対エース・絶対トップになるだろう――と、大方の人が思っていたのではないだろうか?


 しかし潮崎はNOAHを離れ、全日本に行った。

 NOAHを受け継ぐべき男、三沢の後継者たるべき男――大きく言えばNOAHの未来がここで消えた。

 いったいこんなことがあってよいものだろうか、と思った人は少なくないはずである。


 むろん個人事業主たるプロレスラーである以上、どこに行こうといつ離れようとそれは自分の自由と言える。

 また人間である以上、人間関係が原因で職を変えるのも非難すべきことではない。

(私はあの離脱劇はやはり、派閥や人間関係が原因だったと思う。)


 しかし、全日本の社長になるという(ある意味)ウルトラCをやってのけた秋山準と違い――

 潮崎は全日本において、NOAHを離脱した甲斐があったと言えるほどの存在感を確立したとは言いがたい。

 三冠王者になりはしたが、それでも「全日本のエース」と言えば諏訪魔の方が印象が強い。

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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