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碧志摩メグに見る「民間と行政の違い」その1 叩けば折れるから叩く

 少年漫画誌の表紙にグラビアアイドルを載せるのには声を上げない。

 週刊誌の編集部に「袋とじのヌードをやめろ」とも言いに行かない。

 テレビ局に「アイドルにあんな(女性性・女の子の可愛さを強調した)服を着せてテレビに出すな」とも言わない。「水着ものの企画なんか止めろ」と公然と論じることもない。

 鉄道会社が電車に萌えキャラを描いて走らせても何を言うわけでもない。


 しかし、市が/行政が萌えキャラをPRに使えば、署名運動で反対する。


 私はこういう現象について、二つ思うことがある。

 一つはむろん、行政は弱腰だと思われているし、そうあるべきだと思われている――ということである。

 行政に何か強く言いさえすれば譲歩するものだと思われ、譲歩すべきものだと(それが行政側の持つべき道徳だと)思われ、実際にも譲歩することがはなはだ多い。

 これは日本の雰囲気であり、行政の中の人でさえそういう雰囲気に包まれている。

 すなわち、「何か言われれば譲歩するのがあるべき姿」「何か言われたら譲歩しなくちゃいかんだろう」と思っている。

 現実に志摩市長は、「さまざまな意見を考慮し、すぐに公認を撤回するのではなく、指摘されている部分のデザインを変更し、皆さまに愛されるキャラクターにしていきたい」(8月26日記者会見)と、デザイン面で譲歩している。

 また、来年のサミットのPRにも碧志摩メグは使用しないそうである。(伊勢新聞 8月27日記事)


 
 フェミニズムの団体・運動側にとってみれば今回のような出来事は、「確実に名を挙げ、得点を稼ぐ好機」と見えて不思議ではない。

 行政は反撃してこないとわかっているから、叩けば折れるとわかっているから、そりゃ叩こうという気にもなろう。

 前にも書いたが、まさに「行政はサンドバッグ業と見つけたり」である。

(⇒2015年7月4日記事:現代の行政は、室町末期の足利幕府なのか)

 そしてまた、こういう思考と感覚が「イジメの心理」と全く共通していることは、誰でも気付くことである。 

(⇒2015年6月7日記事:なぜイジメ自殺は…その16 核抑止論、及びプロレスラー・一般人の持つべき「ナイフ」)

 コンビニ店主に「エロ本を置くな」と言いに行ったり、テレビ局に「お色気狙いは止めろ」と公開要求したり――

 そんなことをしても、反撃されるか無視されるか嘲笑を招くのがオチだとみんな知っている。

 しかし相手が行政なら、民間相手には決して得られない成果・対応を得られるだろうと見込めるのだ。

(少なくとも、罵倒を返されることはない。)


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平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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