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異常ツイート殺人事件と犯罪者データベースの構築 その3

 もしデータベースの構築と公開、あるいは民間監視をしてはならないものとすれば、それは事実上「異常者の脅威に対して打つ手はない」ということになろう。

 警察や自治体にいくら対応を求めたとしても、24時間監視を永続的にやらない限り事件は予防できないからだ。
 そして公的機関にそんなことができないことはすでに述べたし、述べるまでもなくみんな知っていることでもある。
 今回のような事件は過去も起きたし未来も起きる、報道で騒がれはするがまた忘れられる。

 確かに電波系異常者に殺されることは、統計的に見れば雷に打たれて死ぬことより可能性が少ないかもしれない。
 しかしこの手の異常者が近所に住んでいると知っている住民にとって、それは雷などよりはるかに身近で現実的で不気味な脅威である。
 それでも彼らが大騒ぎしないのは、ああいうことは他人に起こっても自分には起こらないだろうといういかにも人間的な考えの他に、現状では確かにどうせ打つ手はないという諦め気分もあるのだろう。

 電波系異常者を、ただそれだけの理由で監視することは許されない。
 電波系異常者を、たいした事件も起こしていないのに強制入院させることはできない。
 電波系異常者を、その地域から出ていくよう要求することはできない。家族にそうしてくれと要請することも許されない。

 それは、人権侵害だからである。
 地域は、社会は、彼らを受け入れ共存しなければならない。それができない社会の方に欠陥・未熟さ・罪がある。

 人権派・リベラル派はそういう立場に立っている。
 と言うか立たざるを得ない。
 人権を守るためなら多少の犠牲は仕方ない、何年かに1回こういう事件が起こっても仕方ない、数人くらいは殺されても仕方ないという、言いたくもない主張を内心で思うことを余儀なくされる。
 たぶん彼らは、どうしてもそんな人間が近くにいるのが不安なら自分の方が引っ越すしかない、移動の自由は憲法で保障されているのだからと、喉元まで出かかっているだろう。


 しかし私は、そんな人間の人権よりも自分の身の安全の方がはるかに大事だと、一点の曇りもなく心底から思う。
 自分が引っ越す負担の方が彼らの人権よりも重いと、何の躊躇もなく思うし言える。
 そしてこれは私以外のほとんどの人に、当の人権派にさえ共通する心情だと確信する。

 何のかんの言ったって、人権派の人もこの手の人間が近くにいたら嫌に決まっているのである。 
 お近づきになろうとはしないし、極力接触は避けるのである。
 子どもがいれば「あの家の近くは通らないように」と言い聞かせるのである。
 その人間が死んだと聞けば「よかった」と思うし、心の中では早く死ねばいいのに/よそへ行ってくれればいいのにと思うのである。

 人間は人権擁護を心から唱えながら、いざ話が自分の身近なことになるとそれと正反対のことを思える。
 これはしかし、道徳的非難を加えるには当たらないと私は思っている。
 「自分だけは例外」原則は、人間の心の本能に等しいものだからである。

(これについては、拙著『尊敬なき社会』で詳しく述べた。)

 社会は、人々は、彼らを受け入れ共存すべきだ。
 しかし、自分は例外である。

 社会は、人々は、彼らを遠ざけてはならない。
 しかし、自分は遠ざけたい。
 だから国や自治体・警察という他人の集合体に、何とかすべきだと対応を求める。
 しかし、犯罪警戒リストの作成や二十四時間監視は許されない。
 民間有志・企業がやるのもダメである。
 地域住民が望んでもなお許されない。  
 
 なるほど「民間人が異常者リストを作る」「誰かに頼んで異常者を監視させる」とは、自警団の復活とも言える。国法が現に禁じる「自力救済」の一種でもあろう。

 自警団も自力救済も、現代人には確かに悪いイメージがある。
 社会の秩序が崩壊し、そうせざるを得なくなったという暗いイメージがつきまとう。
 しかし言い方さえ変えるなら、これは「民衆の蜂起」「草の根犯罪防止運動」でもある。

 ここでリベラル派・人権派は、どうしようもない矛盾に陥ることになる。
 「国の/社会の無策に対して民衆が立ち上がる」「草の根運動が起きる」とは、まさに彼らが礼賛すること、また彼ら自身が成り立ってきた原動力でもあるからである。
 それなのに彼らは、警察力は国家が独占すべきだとか(こういうことをするから彼らは国家が嫌いなはずなのだが)、人民自治を否定し中央集権にすべきだとかいう主張へ行き着かざるを得ないように思われる。

 そしてまた彼らは、こういう電波系異常者がいなければいいのにとも思っていよう。共存ではなく彼らの存在を消し去りたいと思うだろう。
 こんなのがいては、あくまで人権を擁護しようという主張に傷が付くからである。正当性と説得力が減るからである。異常者は、彼らにとっても本当は邪魔者なのだ。
 しかし現実には抹殺することはできないので、せめてこういう事件が起こっても報道してくれるなと思う。「配慮に基づく報道規制」を是とする。
 
 これは、彼らが理想とするものからはかけ離れた主張であり思いである。
 しかし、理想とそれが生み出す現実との連関で行けば、筋が通っているしそうなるはずのものでもある。
 かつての共産主義国・社会主義国(少なくとも日本のリベラル派・人権派は、これらの国を支持する人が多かった)というのは、まさに上に述べたような国だったからだ。  

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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