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2015・G1決勝戦 その3――棚橋VS中邑、もはや形而上学的対決?

(注)今回の記事は、棚橋ファン・中邑ファンにはやや不快に思われるかもしれないことを、あらかじめお断りしておく。

 
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 今年のG1決勝戦は、棚橋弘至VS中邑真輔だった。

 これが新日本の黄金カードであり頂上決戦であり宿命の対決であることは、プロレスファン全員が認めるだろう。

(これを否定する人は、もうそういう性格の人だとしか言いようがない。)


 今回の決勝戦もまた、30分を超える激闘だった。

 観客の声援・歓声はものすごいものがあり、最後は棚橋が勝利した。

 会場は、確かに感動と熱狂に包まれていた。


 しかし私はあえて思うのだが――

 このカード、もはや内容がどうとかいう枠を超えた、神話的・象徴的・形而上学的なカードになっていないだろうか?

 今回の戦いが死闘・激闘だったことは否定しない。

 だがそれは、最近の両者の戦いも同じようなものであり、内容もさほど違うとは思えないのだ。


 「プロレスの勝敗はあらかじめ決められている」立場に立てば、このたびは初めて「G1決勝戦」という舞台で両者を対峙させることで、新味を出そうとしたようにも取れる。

 中邑がランドスライドの使用を復活させたこと、棚橋が新技ツイスト・アンド・シャウトを開発したことなども新しい点ではあるが、やはり小さな変化である。


 おそらく棚橋VS中邑の決勝戦が今回G1のベストバウトとする人が多いのだろうが(プロレスマスコミはそう書くだろうが)、それは心底そう思ってのことだろうか。

 本当に他の試合より、以前の棚橋VS中邑戦より、抜きんでた試合だったと思ってだろうか。


 何か、もはや我々は、「棚橋VS中邑」というだけで「これは名勝負」と思うようになり、感動を覚えるようになっているのではないか?

 それはあたかも両者の試合が――両者それぞれの名声が、まるで芥川賞的なものに接近しているかのように思える。

 もっと言えば「神格化」されているように思う。




 芥川賞受賞作を買う読者は、それが受賞作だからこそ買う。
 
 前からその作家が好きだったからとか、立ち読みして内容が良かったから買うとかいうのではなく、芥川賞というブランドを取ったからこそ買おうと思う。

(⇒2015年7月31日記事:プロレスベルトと芥川賞の価値・権威 その2)

 これは「進化した権威」であり、プロレスラーで言うならば「入場だけで/リングに立つだけで」大歓声を引き出したりチケットが売れたりすることに当たるだろう。

 そして「棚橋VS中邑」戦は、まさにそういうカードだからこそ――あるいはそういうカードだと言うだけで、ベストバウトと呼ばれる面があるのではないか?


 むろんそういう状態になるのは、プロレスラーの目指すべき目標であり最高の栄誉でもある。

 あらゆるプロレスラーは、自分がそういう存在になるのを願い夢見るはずである。

 しかし、地上の(マット上の)内容がもうさほど重要でなくなり、天上の(イメージ上の)素晴らしさが主体になったとき、その試合とレスラーは本当に「真の権威」を得たと言ってしまっていいのか――

 
 かつて前田日明は「アントニオ猪木なら何をやっても許されるのか」と言った。

 これになぞらえるならば、「棚橋VS中邑ならどんな試合でもベストバウトなのか」と言うこともできそうだ。

 ひょっとしたら今の棚橋と中邑は、何をやってもどんな内容の試合でも喝采を浴びる立場になっているのではないか。


 芥川賞受賞作を受賞作を読んだ人が、本当は「これってそんなに面白いか? 似たような、もっと面白い本って他にあったよな」と思っても、「いや芥川賞を獲ってるんだから面白いはず」と思うように――

 たとえ棚橋VS中邑がそんなに面白くなくても、かつての両者の対戦とそんなに変わり映えしないと思っても、「いや棚橋VS中邑なんだから、やっぱり今回がベストバウトのはず」と思うプロレスファンは多いのではないだろうか?


 これは、実に難しい問題だと思う。

 棚橋VS中邑が特別なカードであるのは、両者が優秀な達人レスラーだからという「だけ」ではない。

 もちろん、二人とも珍奇なパフォーマンスをするレスラーだからというわけでもない。

 その大きな部分は、両者の歩んできた歴史によって成り立っている。

 棚橋の歴史、中邑の歴史……二人の今までの努力や苦闘がぶつかる(とイメージされる)からこそ、その試合は特別と感じられる。 

 言い換えればそれは、過去の蓄積の賜(たまもの)である。

 過去の記憶が、実績が、今の試合を「高めている」――もしかしたら、「実態以上に高めている」。

 しかし、そういう状態になることが、プロレスラーの目標であり「価値が上がる」ということなのだ。


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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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