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尾木ママ vs 棚橋弘至 Round3――評論家は実践者の最終到達点? 及び「猪木の禍」

 これは尾木ママがそう思っている、と言うわけではないのだが、

 世間においては「高名な」評論家は絶対的に実務者より「格上」である。

 実務者がせっかく評論家になれたのなら、いまさら彼が実務なんかに戻りたくないと思うのは当然だろう。


 そう、実践者・実務者の抱える弱点の一つは――

 彼ら自身が、彼ら自身のキャリアの最高到達点が「高名な評論家になること」だと思っていることなのである。


 実務せず、心労もなくミスを犯す恐れもなくして自分の専門分野を好きなように語る。

 これは、実務者の夢であると言わねばならない。

 つまりそれは、「絶対安全圏への到達」なのだ。



(⇒2015年7月4日記事:「絶対安全圏からの攻撃」――質問するのはバカでもできる、の法則)



 絶対安全圏から攻撃を加えることが軍人・戦術家の夢であるのと同様に――

 絶対安全圏から発言し批判でき、それで名声と収入を得ることができるなどということは、働く我々全員にとって夢のような立場ではないか?

 あなたも、なれるものならそうなりたくないだろうか?

 現に将来設計として、本気でも漠然とでもそういう立場を目指していないか? 憧れていないか?



 私は尾木ママが、以上のような動機で教師(実務者)を辞めたとも言わない。

 また、仮にそうだからと言って悪口も言わないし、能力を疑おうともしない。

 結局高名な評論家になれるかどうかは、やはり何らかの実力があるかどうかに懸かっているからである。

 そしてまた何よりも、「教師の立場では現代の教育現場を変えられない」のは正しい認識だと思うからである。


 人は無名の実務者の言うことに耳を傾けない。

 本当に無名の作家の小説なんぞ読もうとしないし、読んでもたいして感銘しない。

 しかしそれが高名な評論家や芥川賞作家になると、俄然反応が違ってくる。

 たとえその内容が、言うこと書くことが、一言一句違わなくてもそうなるのである。

 

 評論家・尾木ママが今と全く同じことを現役教師のまま主張・発言していたとしても、世間はそんなこと知りもしないし関心も持たない。

 むしろ「痛い奴」と見られる恐れの方が大きい。

 彼が本気で教育現場を変えたいと思っていたなら、実務者から離脱し「評論家成り」したのは、完全に正しい判断だったと言わねばならない。

(そして無名の実務者には誰も講演を頼まないが、高名な評論家にはオファーがひっきりなしに来る。収入的にも正しい判断である。)


*********************************


 さて、評論家になった者は、必然的に実務者を批判する立場にならざるを得ない。

 そうでなければ存在の意義も価値もなく、高名になれもしないし高名さを維持することもできないからだ。

 特に「現状を変えたい」との志をもって評論家になったのなら、むろん自分の離脱後の「現状」を批判するのが当然である。

 そしてそれ故に、「元教師の評論家」は、現役の教師たちにとって最悪の敵となる。

 公務員にとって最も手こずる相手は元公務員だと言われるが、細部は違ってもよく似た現象と言えるだろう。




 プロレスファンは、世間の誰よりもそういう現象をよく知っている、と言えるかもしれない。

 引退したアントニオ猪木は自分が引退後のプロレス界に――新日本のオーナーのままでありながら――批判的スタンスを取り、その主張する格闘技路線へ現役レスラーたちを導いていった。

 それがプロレス界を、少なくとも新日本プロレスを、衰退と破滅の淵に追いやったと見る人は多い。


 猪木はむろん、現役レスラーというプロレス実践者だった。しかもその頂点に立っていた。

 猪木を評論家と呼ぶことはできないにしても、「元現役であり業界経験者である批判者」という点では、尾木ママのような評論家と共通する。

 蝶野正洋、武藤敬司、そして棚橋弘至……

 猪木という巨大な批判者に反発し、あくまで逆の道を行こうと決意したレスラーは数多い。

 たとえ態度や行動には出さなくても、その他大勢のレスラーも同じ思いを抱えていたろう。

 そしてプロレスファンのかなりの部分が、今でも猪木をプロレス最大最悪の敵と思っているのではないだろうか?


 同じように今、日本全国の現役教師のみなさんは、尾木ママら教育評論家の発言に対し強い反発を覚えていることと思う。

 だったらお前が今ここへ来て、ホントに生徒らと向き合ってみろと言いたくてたまらないだろうと思う。

(仲間内では、本当にそんな会話をしているのだろう。)



 しかし彼らの心も発言も、世間には滅多に現れ出ることがない。

 彼らのそれには「権威」がなく、人々の関心を引かないからだ。

 (元実務家の)評論家は、絶対安全圏から現実務家に批判を加える。

 実務家の反論は取り上げられることもなく、反論すること自体「僭越」で「非常識」で「身のほど知らず」と受け止められる。

 「評論家VS評論家」はまともな試合になるにしても(メディアが放送・出版するにしても)、

 「評論家VS実務者」は決まって後者がボコられるワンサイドゲームの観を呈するのである。


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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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