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プロレスベルトと芥川賞の価値・権威 その7 「レインメーカー」石原慎太郎

 プロレスを見始めたばかりの人、プロレスのことを知らない人は、

「世界ヘビー級チャンピオン」と聞けば「世界で一番強い人なんだ」と当然思う。

 しかしすぐ、それは各団体が勝手にそういうベルトを作り、勝手に名付けたものなのだと気づく。



 それと同様、数多くある文学賞もまた、景気づけのため商業目的のため――

 あるいは他の何らかの意図があって、各種団体が勝手に作ったものである。

(多くの場合、その団体とは出版社である。)


 しかしその中で、芥川賞・直木賞は他に隔絶する権威を得た。

 現代において権威があるということは、たいていの場合「知名度がある」ことを意味する。

 つまり、報道されるからこそ知名度が生じ権威が生まれる。



 ではなぜ、芥川賞・直木賞はそうなったのだろうか?

 谷崎潤一郎賞(中央公論新社)や司馬遼太郎賞(司馬遼太郎記念財団)、泉鏡花文学賞(金沢市)などもあるというのに、

 どうしてこんなにも報道量がケタ違いなのだろう?

 芥川龍之介と直木三十五のネームバリューがそうさせる、というのは違うのではないか?

(特に、直木賞の名は知っていても直木三十五の名は知らないという人は多いと思われる。

 彼の作品名を一つでも挙げられる人となると、ほとんどいないだろう。)



 私は、芥川賞・直木賞が今日のような権威を得たのは、やはり「偶然」のなせるわざだと思う。

 しかしあえて理由を考えるなら、まず「歴史が長い」ことが挙げられるだろう。

 両賞の設立は1935年。

 この歴史は日本の文学賞の中でずば抜けて長い。

 継続は力なり――どんなに苦しくても芽が出なくても、長く続けていればいいことがある、というのは確かに真理である場合がある。


 そしてもう一つ、これはウィキペディアの「芥川賞」の項に書いてあることなのだが、

 1956年に石原慎太郎『太陽の季節』が受賞したことも大きかったと思われる。

20150806石原慎太郎(芥川賞受賞当時)
石原慎太郎(芥川賞受賞当時)


 その内容が反倫理的・性欲的(ペニスで障子を突き破るシーンなどがある)であるため論議を呼び、

 加えて当時の石原は二十四歳の学生だった。

 それまでの芥川賞というのはさしてパッとしなかった賞らしいが、それが一転、世間の耳目を集めるのに充分なインパクトがあったようだ。


 つまりやっぱり、権威とは話題になることで得られるものなのである。

 話題になるには注目を集めねばならず、それにはやっぱり「作品」よりは「人物(作家)」を選んだ方が手っ取り早いのではないかと思われる。

(真にセンセーショナルな内容の作品、って、そんなに出てくるものではない。

 あるいは、ただ表現がどぎつい本なら掃いて捨てるほどあるとも言える。)



 私はその時代に生きていたわけではないので断言はできないが、

 石原の受賞が芥川賞の知名度すなわち権威を大幅に引き上げた、とどうやら言ってもいいようらしい。

 これは、権威向上の面のみならず商業的にも大成功だったことになる。

 その権威と商業性は今も保たれ、ますます大きくなっているように見える。

 またそういう目で見てみると、なんとなく数年ごとに「話題性」を狙った受賞が生じているとも思える。

 特に、前回記事で述べた金原ひとみ(当時20歳)・綿矢りさ(当時19歳)の同時受賞(2003年下半期)は、あからさまにその例に見えてしまう。

 いったい普通に選考して――純粋に文学性を議論した上で――こんな結果に落ち着くなど、信じる人はいないのではないか?



 しかし私は、だからといってこれが「文学性を穢すものだ」とか「賞の理念を忘れている」などと批判しようとは思わない。

 前述したように、文学賞とはもともと文学興行であり、ベルトでありタイトルマッチだからである。

 作家は賞を目指すかもしれないが、賞自体にも目指すものがある。

 それは賞の権威を上げること、知名度を上げて受賞作が売れるようにすることである。

 それにはもちろん話題になることが必要なのであり、そういう意図の「作り」や「仕込み」が介在したからといって何の不思議があるだろう。


 人気の出そうな、売れそうな、話題になりそうな作家・作品をプッシュする/受賞させる――

 これをインチキと言う人もいようが、しかしプロレスのチャンピオンと同様、本当に何でもない人・全然たいしたことのない人が受賞することはないはずなのだ。


*******************************


 プロレス団体が「世界ヘビー級」などという名のベルトを勝手に作るように、

 文藝春秋社も「芥川賞」「直木賞」という名の賞を勝手に作った。

 猪木が勝手に作ったIWGPヘビー級ベルト (IWGPは「インターナショナル・レスリング・グランプリ」の略。つまり世界最高のベルトを意味する。こういうのを世界のプロレス団体はそれぞれ勝手に制定している) が今の日本プロレス界最高峰のベルトと見なされているように、

 芥川賞・直木賞も日本最高峰の文学賞と見なされている。

 そういう風になったのはやはり、話題になろうと努力してきた会社・レスラー・作家たちの力量でもあろう。(それでも偶然の力は大きいと思うが。)


 石原慎太郎から始まる話題性は、その追求は、芥川賞を日本最高峰の文学賞に押し上げた。

 商業的にも芥川賞は、出版界(文藝春秋社)にカネの雨を降らせている。

(こう書いている今、ピース又吉『火花』の発行部数が200万部を突破し、歴代芥川賞受賞作でトップになったことが報じられた。)

 その意味で石原慎太郎は、出版界及び芥川賞史上における「レインメーカー」であったと言えるだろう。

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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