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『巌流島』検証大会 雑感⑤ 純粋プロレスラーの参戦

 『巌流島』は独自のルールで新格闘技の看板をひっさげてスタートした。
 しかしたぶん、『巌流島』が「総合格闘技」「プロレス」「ボクシング」「K-1」などと並ぶ独立ジャンルとして確立される、と思っている人は少ないはずだ。
 「巌流島格闘技」というジャンルができて「巌流島格闘家」なる専門ファイターが続々輩出されるだろうとは、運営サイドも思っていまい。

 私はそれでいいと思う。
 巌流島は、既存の各ジャンルの格闘家・格闘技に活躍の場を提供するのが目的のイベントであっていい。
 各ジャンルの出稼ぎの場、PRの場であってよい。
 アメフト、ラグビー、その他格闘技と関係ないスポーツ選手が参戦してもかまわない。
 
 それを「バラエティ格闘技」と言って悪ければ「バトル・エンターテインメント」である。
 奇しくも武藤敬司の主催するwrestle-1と同じキャッチフレーズになるが、一般受けするテレビ格闘技を目指すとは結局そういう方向に行くことなのだ。
(wrestle-1が一般受けしているかどうか、地上波放送される見込みがあるかどうかはまた別で、今は方向性の話をしている)

 だいたいがプロレスというのはそうして形成されてきた。
 客を呼ぶために試行錯誤を繰り返し、ストーリーや試合形式や演出などを片っ端から取り入れてきた。レスラーでない者を何人となくプロレスのリングに上げてきた。
 はたまたそれらを排した純粋格闘技を標榜し、熱い支持と大ブームを生んだこともあった。(言わずと知れたUWFである)

 今でも一つのプロレス興行に面白試合とシリアスマッチが混在するのは普通である。ほとんど全部がそうだと言っていいだろうし、もちろんそれは意図的に行なわれている。
 プロレスはとにかく客を集めるのが至上命題なのであり、これは本当は巌流島のみならず、金を取って見せる格闘技全てに共通すべき命題である。

 オレはそんなもの認めない、ショーの世界に身を投げようとは思わない、ただひたすら自分の思う強さを追求したいと言う格闘家も、絶対にそういう自分を世に知られたいとは思っている。
 世に知られなければ存在しないのと一緒である。自分という存在が存在しなくてもいいとか平気だとかいう自我を持つ人間が格闘家になるなど、絶対にあり得ないことだろう。
 たとえ仙人のような合気道の大家でさえ、この例外ではないはずだ。


 さて、『巌流島』は今のところ「負けても傷つかない」特性を持つ。押し出しルールさえ維持するなら、その特性も同時に維持されることになろう。
 また「巌流島格闘家」が出現せず、他のジャンルの格闘家プラス格闘家以外を選手に選抜していく方法を続ければ、「異種格闘技戦の面白さ」も維持されるだろう。
 そうなるとやはり期待するのは、純粋プロレスラーの参戦である。

 プロレスファンには正直な感想を聞いてみたいが、ミノワマンや桜庭和志がプロレスラー代表とされるのにはやっぱり違和感がないだろうか。
 彼らは「プロレスラーを名乗っている総合格闘家」、「プロレスラー出身の総合格闘家」というイメージではないだろうか。
 そしてそのイメージは、やっぱり正しいのではないか?

 1990年代後半~2000年代前半以来のプロレスファン、あるいはその当時のことを知ってしまった新規のプロレスファンにとって、プロレスラーが惨敗を重ねたバーリトゥード・総合格闘技全盛時代の記憶は心に刺さるトラウマである。
 もちろん今ではプロレスと総合は全然別物、プロレスラーがそれ用の練習もろくに積まないで総合に出ても勝てるわけないとの認識は常識になっている。(アントニオ猪木はそれでも両者を別物と考えていないようだが。少なくとも表向きにはそう言い続けている)
 
 だから今、純粋プロレスラーが正式に総合の試合に出ることはほとんどない。
 最近の例と言えば、DEEPでアマンダ・ルーカスと闘った(そして負けた)堀田祐美子くらいだろうか。
 それもアマンダの体格に見合う女子総合選手がいなかったからであり、もしいればたぶんオファーはしなかっただろう。
 (佐藤光留はどうなのかと言えば、彼にプロレスラーのイメージが強いのは、やはり面白試合を多くやっているからではないかと思う。)

 しかしこの巌流島なら、純粋プロレスラーでも勝てる見込みがかなり強い。たとえ負けても傷にはならない。
 だってあんた、元アメフト選手が出てるんでっせ?

 私が少し疑念を抱いているのは、巌流島運営サイドはミノワマンだけでなく純粋プロレスラーにもオファーを出したのではないかということである。それが断られたのではないかということである。
 もしそうなら、残念なことだ。
  
 そりゃそれなりの「格」ができたプロレスラーにはこれでもリスクが高いと思われるのかもしれないが、まだ若手のレスラーにはそれこそ「失うものは何もない」はずである。(プロレス界ではこの言葉は頻繁に使われる)
 また、「負けてもそれが糧になる」「敗者がむしろ評価される」のもプロレスの特性のはずだ。
 むろん巌流島にとっても、純粋プロレスラーの参戦はありがたいことだろう。


 今大会で最も印象に残ったのは渡辺一久(ボクシング)の試合である。
 対戦相手(少林寺拳法)のマネをするなどの面白パフォーマンスに加え、プロレス技のフロントネックチャンスリーまで決めて勝った。

 あれは、この大会を見ていたプロレスラーにとってけっこう衝撃的だったのではないかと思う。
 まさにああいうことこそ、プロレスラーが格闘技戦の場でやってくるべきことだった。 
 プロレスファンもそういうシーンを見ることをずっと期待していたし、今でも期待する人はきっと多い。

 かつて桜庭和志はそれをやった。それでスターになった。しかし2015年の今、それをやったのは元ボクサーだった。
 偉そうな言い方になって恐縮だが、心あるプロレスラーはこのことを深刻に受け止めるべきだろう。

 それがいかに「真の/総合の」格闘技の場でないとは言え、再び「真の」プロレスラーが格闘技の場に立つことについて、需要はかなりあると思う。
 願わくばプロレスラーには、その需要に敢然と応えてほしいものである。


20150312渡辺一久ポーズ

渡辺一久(ボクシング)

20150312渡辺一久vsグゥオ・チェン

渡辺一久vsグゥオ・チェン(少林拳)

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プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙

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