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ジャイアント馬場夫人の馬場元子氏死去-彼女は「亡国の女帝」だったのか

 4月23日、故・ジャイアント馬場の未亡人である馬場元子 氏が4月14日に肝硬変で亡くなっていたことを全日本プロレスが発表した。享年78歳。

 夫に後れること、19年であった。

(⇒ 日刊スポーツ 2018年4月23日記事:馬場元子さん死去、元全日本プロレス社長 78歳)

(⇒ スポーツ報知 2018年4月23日記事:故ジャイアント馬場さん夫人・馬場元子さん死去…元全日本プロレス社長)

(⇒ ハフィントンポスト 2018年4月23日記事:馬場元子さんが死去、ジャイアント馬場さんの妻で元全日本プロレス社長)

(⇒ スポーツ報知 2018年4月23日記事:「ジャイアント馬場さんの防波堤のような人だった」元子夫人の訃報受け、大仁田厚氏語る)


 馬場元子と言えば、プロレスファンの間での評判は、はっきり言ってあまりよくない。

 大方の人の抱いているイメージは――

「馬場の遺志を奉じるあまり、頑迷固陋な保守の権化となって全日本を分裂・衰退させた」人、というものではないだろうか。

(あまりに旧慣墨守の彼女に反発して、三沢光晴らが全日本から独立しNOAHを旗揚げした――というのがプロレス史の定説である。)



 2000年の全日本の分裂が、以後10年以上にわたるプロレス界「暗黒の10年」の発端になったと考えることができるなら――

 彼女のことを「悪い意味の尼将軍」「亡国の女帝」と捉えている人さえいそうである。
 

 しかし、歴史上の人物というのが片っ端から「再評価」の対象になっているこの昨今。

 今川義元も織田信長も誰も彼も、とにかくちょっとでも有名な歴史上の人物はことごとく対象になる「再評価ブーム」である。

 その中にあって、馬場元子氏の再評価をしないわけにはいかないのではないか。


 
 上記引用記事で大仁田が語っているように、元子氏が夫・G馬場の「防波堤」ないし「汚れ役」を引き受けていた――

 というのは、アンチ元子派にもよく知られている。

(と言っても、もちろん直に接してそう知ったのではなく、本にそう書いてあるからそういうことだったんだろうと思っているだけだが。)


 このことがどれだけ馬場の助けに、引いては全日本の助けになっていたか、それは神のみぞ知るである。

 そして、検証するに値するテーマである。

 また、G馬場の死後、もし三沢らが元子氏に従っていたらプロレス界はどうなっていたか……ということもだ。

 しかし色々この時代のプロレスムックとかをめくってみると、三沢と元子氏が決裂するのは変えようのない運命だったのではないかという感を深くする。

 それはむしろ、防波堤となり「馬場本人が言いたくないこと」を言う汚れ役を引き受けてきた、元子氏の方にとってこそ悲劇だったのかもしれない。

 
 だがプロレスファンにとって最も興味深いのは、

「もしジャイアント馬場が今もなお生きていたら、2010年当たりまで生きていたら、プロレス界はどうなっただろう」

 という仮定である。

 PRIDEやK-1といった格闘技の波が日本を洗った時代に、G馬場が生きていたらどう対応しただろう。

 アントニオ猪木が新日本に院政を敷き、総合格闘技に急傾斜していた時代、G馬場が生きていたら、二度目の「みんなが格闘技に走るので、私プロレスを独占させていただきます」というコピーが週刊プロレスの表紙を飾ったのだろうか。

 猪木が新日本から完全に去った時代、いまだ馬場全日本が続いていたら、プロレス界は今より上がっただろうか下がっただろうか。


 ひょっとしたらプロレスファンは、老いて社会的な道化と化していく馬場の姿を見る羽目に陥ったのだろうか。

(これは、アントニオ猪木の立場にも近いものだ。

 だが馬場は、長生きしても政治家になるなんてことはおそらくしなかったと思われる。

 よって、猪木よりもっと道化的な存在になったかもしれない。)


 しかしながら、秋山準が全日本の社長になるという今の現実は、G馬場が存命していても変わらなかったように思われる。

 馬場や三沢が存命し、その後ろ盾を得て秋山が社長となっている全日本プロレスは、やっぱり潰れることはなかったのではなかろうか。

(もっとも今の全日本プロレスは、馬場全日本とは法人格が違うのだが……)


 元子氏の死は、もはやプロレス界に大きな影響を及ぼすことはないのだが、やはり時代の(大きな、とは言えなくても)区切りである。

 この2018年の今、「馬場の時代」を改めて思い返した人も多かっただろう。

 もう歴史上の人物となった、馬場元子氏――

 彼女が旧全日本と2000年代のプロレス界とに及ぼした影響は、いずれプロレス史家によって検証・再評価されるはずである。 
 

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「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノ死去-「スタン・ハンセンのラリアートで首を折られた」偽ニュースで伝説になった男

 4月18日、「人間発電所」と呼ばれた(いま見ても素晴らしい肉体を持つ)ブルーノ・サンマルチノが死去した。享年82歳。

(⇒ 産経新聞 2018年4月19日記事:米プロレス界の「生きた伝説」ブルーノ・サンマルチノ氏が死去)

(⇒ デイリースポーツ 2018年4月19日記事:死去のサンマルチノさん、ライバル馬場だけでなく猪木とも対戦 安倍首相も絶賛)

 これを伝える一般メディアは、ほとんど「ジャイアント馬場のライバルにして友人」ということを書いている。

 しかしプロレスファンにとってサンマルチノが何で一番知られているかというと――

 それはもちろん、若き日のスタン・ハンセンの「必殺ウェスタンラリアートで首を折られた」人としてである。


 そしてプロレスファンなら誰でも?知っているように、これは “伝説” というものである。

 今なら「誤った情報」とか「フェイク(偽)ニュース」と呼ばれるもので、本当は若きハンセンがボディスラムの仕掛け方に失敗して首を折ってしまったのだという。

 しかしこれは、捉え方によっては「良いフェイクニュース」とも言えるだろう。

 かつて世界は、昔の日本では、こんなフェイクニュースが真実として常識として信じられた。

 それを郷愁的に感じる人も多いはずである。

 ロード・ウォリアーズがニューヨークのスラム街でネズミを食って生きてたとか……

 昔はそういう話が伝説となり、夢やロマンになっていたのだ。


 たぶん今の日本のプロレスファンで、プロレスの試合をしているサンマルチノの姿を動画で見た人は少数派のはずである。

(YouTubeに載ってはいるが、あまり検索してみる人はいないのではないだろうか。

 なんたって活躍したのは1960~70年代の人である。)


 しかしいずれ我々は、スタン・ハンセンやアブドーラ・ザ・ブッチャーやタイガー・ジェット・シンらが死去したというニュースを聞くことになる。

 そのとき彼らは、サンマルチノのように「名前だけは知っているが、動画を見たことはないレスラー」になっているのだろうか。

 そういえばカール・ゴッチやルー・テーズの試合映像も、そんなに頻繁に見返している人はプロレスファンにもそうはいないのだろう。
 
 まこと、時代を超えて「現に見られる」人物になることは、サンマルチノほどのレスラーにとっても難しいことである。

大仁田厚、神埼市長選に敗退-予想外の健闘と「プロレスラー国会議員はもう無理」?

 4月15日の佐賀県神埼市長選で、挑戦者として立候補していた大仁田厚(60歳)は、現職の松本茂幸(67歳)氏に敗退した。

(⇒ 佐賀新聞 2018年4月15日記事:【速報】現職・松本氏が4選、大仁田氏制す 神埼市長選)

(⇒ 佐賀新聞 2018年4月15日記事:「4年後も戦う」大仁田氏、雪辱誓う 神埼市長選 批判票集めるも及ばず)

(⇒ 佐賀新聞 2018年1月19日記事:大仁田厚氏が神埼市長選出馬を表明 佐賀市内で会見「母のふるさとに骨うずめる」)

 この件についてはプロレスファンも少しは注目していたはずだが、よもや大仁田が当選すると思っていた人はほとんどいないだろう。

 しかし蓋を開けてみれば、松本氏9002票に対して大仁田8025票(977票差)という、思いもよらぬほどの大健闘であった。


 これは驚異的な話であって、大仁田は母の故郷が神埼市だとはいえ、事実上の落下傘候補である。

 それが民進党(の著名政治家・原口一博ら)の支援があったにせよ、ここまで現職に肉薄したのだ。

 私はてっきりダブルスコア以上で負けると思っていたのだが、さすが大仁田の知名度と言うべきだろうか。


 とはいえ、今回の大仁田の敗退と彼の政治的経歴を見ると――

 日本社会におけるプロレスというものの衰退が、(昨今の新日本プロレスの復興にもかかわらず……)まるで鏡映しになっているような印象を受ける。



 大仁田は、1期だけだが参議院議員をやった男である。(2001年7月~2007年7月)

 次に2010年2月の長崎県知事選に立候補するが敗退。

 2015年10月には千葉県袖ケ浦市長選挙へ立候補する(検討する)と表明したが、立候補せず。

 そして今回2018年4月には、佐賀県神埼市長選に立候補したが敗退――


 大仁田は、というよりプロレスラーは、かつて国会議員になることもできた。

(きっと日本は、世界で最も多くのプロレスラー国会議員を輩出した国である。)

 しかし今では大仁田ほどの知名度をもってしても、県知事どころか地方市長にもなれないのだ。


 実際、今のプロレスラーが政治家になるため立候補するのは、地方の市議か最高でも区議くらいである。

 逆に言うとそれくらいならば、当選の可能性はまだ充分にある。

 だいたい今回も当の神埼市議選は無投票で全員当選なのだから――

 自分の故郷や、無投票になりそうな「議員のなり手不足地」をリサーチして立候補すれば、むしろ手堅い勝利を収めることができそうだ。


 しかしやっぱりプロレスラーとプロレスは、明らかにスケールダウンしているとしか言いようがない。


 なお大仁田厚は、4年後にも市長選に立候補することを宣言している。

 60歳と言えば政治家としてはまだまだ若いし、今回これほど接戦になったのなら、本当に4年後は当選するかもしれないとは思わせる。

 しかしその一環として、(知名度を維持するために)7度目のプロレス復帰をするかもしれないと思わせるのも、大仁田の大仁田たるゆえんである……

中邑真輔vsAJスタイルズ、ASUKAvsシャーロット・フレアー、ともに日本人の負け-プロレスに勝敗は関係ない?

 4月8日(日本時間では9日)に開催されたWWEのレッスルマニア34は、78,133人もの観衆を集めたそうだ。

(ニューオーリンズ州メルセデス・ベンツ・スーパードーム)


 日本のプロレスファンにとって最注目なのは、むろん


●中邑真輔 vs AJスタイルズのWWE世界王座戦

●ASUKA vs シャーロット・フレアー(スマックダウン女子王者)



 の2試合であったが、今回は中邑とASUKAは揃って敗戦となった。

 中邑は3回目の王座挑戦でまた失敗、ASUKAはWWEに移籍して以来なんと267連勝したあげく初めての敗北である。

 しかも中邑は試合後、AJスタイルズに金的攻撃してヒールターンするという、やや予期せぬ展開となった。


(⇒ 2017年9月17日記事:「中邑真輔またも王座戴冠ならず」とジンダー・マハルのWWE内幕インタビュー)


(⇒ Number web 2018年4月9日記事:中邑真輔まさかの敗北&ヒール転向!! 大騒動になったWWEタイトル戦速報。)

(⇒ スポーツ報知 2018年4月9日記事:アスカのWWE連勝記録が267でストップ…レッスルマニアでシャーロットに完敗)

 ひょっとしたら中邑&ASUKAが揃って戴冠――

 なんてことになるかもしれないと思っていたのだが、やはりレッスルマニアは日本で行われるのではないのだから、そう上手くはいかないというところだろうか。

 それにしても華名とリック・フレアーの娘がWWEのレッスルマニアで対戦するなんて、

 華名がマニフェストを掲げていた頃、高橋奈七永(当時は奈苗)にバックステージでマジビンタされていた頃、誰が予想しただろうか。


 
 ところでASUKAはともかくとして、中邑がヒールターンしたことは、今後の彼のキャリアにどう影響するのだろうか。

 中邑が悪役になるのはたぶん生まれて初めてなのだろうが……

(新日本で所属していたCHAOSは一応ヒールユニットだが、誰もそう思っていない。)


 これは中邑にとって新境地の開拓と言えそうである。

 しかしまさかブレイ・ワイアットのような正真正銘の怪奇派になるわけではないだろうから、やはり悪役は悪役でも

 “スタイリッシュな悪役”“アーティスト・ヒール”みたいな立ち位置になるのだろう。

 それはそれで魅力的な(レスラーとしては最高級かもしれない)選択
であって、むしろジョン・シナみたいな超正統派ベビーフェイスになるよりナンボかマシ、と思う人は多いはずだ。

 
 中邑の「3度も王座挑戦してどれも失敗」というのは、新日本ならファンに見放されても仕方ないような戦績である。

 しかしたぶんWWEでは、別にそんなに株を落としはしないのだろう。

 実際、日本のファンもプロレスメディアも、これだから中邑はダメだという論調になる気配はサラサラない。

 ASUKAに至っては、267連勝もすれば別に女子王者に負けたって(そろそろ)いいじゃない、くらいなものである。


(というか日本では、そもそも267連勝もできないと思われる。

 「100回防衛する」「V100まで行く」とは、しばしば口にされるが……)


 やっぱり日本とアメリカのプロレスは違う――

 日本の方が勝負論がはるかに大事にされる、というのは、あながち間違っていないのだろう。

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紫雷イオ、ついに電流で爆破-大仁田厚の呪縛はどこまで続くか

 4月1日のスターダム・名古屋国際会議場大会で、ついに女子プロレス界の頂点・紫雷イオが電流爆破戦を行なった。

(⇒ 2018年3月25日記事:紫雷イオ、やはり電流爆破戦へ-未来の爆女王はイオか?)

(⇒ 東スポWeb 2018年4月1日記事:紫雷イオ「最初で最後」の爆破マッチで被弾「私のプロレス観にない戦い」)

(⇒ 東スポWeb 2018年4月2日記事:紫雷イオ「初電流爆破で大炎上」の衝撃度)

 花月の電流爆破バットのフルスイングを食らったイオはセコンド陣に運ばれ、10分間もリングから姿を消した後に戻って来、空中戦で躍動する。

 最後は中野たむが夏すみれを仕留めて勝利したとのこと。

 ところでイオは、この電流爆破戦に野球ユニフォームをまとって参戦した。

 かつて蝶野正洋がプロテクターをまとって電流爆破をやったとき同様、「いつものコスチュームでやれよ」と感じる人は多いだろう。


 しかしこれも、やむを得ない。

 イオは写真集を出して初ヌードを披露するなど、そっち方面の仕事もあるのである。

 肌を傷つけてはいけないというのは、男子レスラーよりははるかに切実な理由がある。

(とは言っても報道写真を見る限り、対戦相手の花月はいつもの腹と背中を露出したコスチュームだったようだ。

 「花月にはそういう仕事はないからいいのだ」というわけでもあるまいが……)


 
 そしてスターダム社長のロッシー小川によると、昨年9月24日の同会場大会の集客が650人だったのに比べ、今回は1020人の満員だったとのこと。

 1.57倍の増加なのだから、やはりなんだかんだ言ってもイオの電流爆破参戦には集客効果があったのである。

 もっとも、東京のどこかの会場でやっていればもっと集客できたと思うのだが――

 そこは興行会社たるスターダムの決定である、何か理由があるのだろう。 

 
 さて、電流爆破には(大仁田厚がやるのではなくても)1.57倍程度の集客効果があることは証明された。

 しかし、イオほどのトップ選手を投入してもその程度なのだ、とも言える。

 イオは今回が最初で最後の電流爆破と言っているが、もちろんプロレスファンならこの言葉を疑ってかかるだろう。


 確かに男子トップクラスの選手は電流爆破一度きりだった例が多いが、どうも女子プロレス界においては中毒性があるようである。

(長与千種がその代表例、ということになるのだろう。)


 大仁田は引退しても、電流爆破という遺産は――呪縛とも興行カンフル剤とも言えるが――残る。

 たとえイオは本当にこれ一度きりだとしても、また次々と他の女子レスラーが参戦を希望するのは間違いない。

 「死せる大仁田、電流爆破にいざなう」の図である。

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Appendix

プロフィール

平 成敏

Author:平 成敏
1970年代生まれの男性。
認定ファシリティマネジャー、主に施設管理の仕事に従事。
プロレス、社会、歴史など、興味関心のある分野についてあまり脈絡にこだわらず書いていきます。(⇒プロレス以外の話題については、別ブログ【社会・ニュース・歴史編】をご覧ください。)

著作一覧(アマゾンkindle版)

ペペチール第三王朝の興亡:表紙 世界系統樹:表紙 尊敬なき社会(上):表紙 尊敬なき社会(下):表紙 表紙:『もうすぐ無人島になる瀬戸内の島へ』 ブログ販売欄掲載用

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